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求めることと求められることと自主性

ボランティアに行けなくなって1週間。

自分で求めて行っているはずなのに、何を求められているかを気にしている。

支援側はクライアントの希望に沿った支援をするわけだけれど、
私はクライアントとして、支援をしてもらう立場で、支援をする側の立場に立つという希望を出すという倒錯したことを求めてしまっている。そして求めているものが与えられているのに、受け入れられないということは、やはり私が悪いのだろう。なんだかなにをしているのかよくわからない状況を作ってしまっている。

しかし、実は自分が真に求めているものが何なのか覚知できない。

誰も私にそれを教えることはできず、私自身で見つけなければならない。

なにか代償が必要なのか・・・?代償とは何か?

このままだと自分を破壊しそうなのだけど、そんな力も残っていない。
緩慢に消えゆくのだろうか。

こういう感じ方をしているのが「調子の悪い」時の私である。

現場に出るときはそういう気持ちをすべて抑圧して笑顔を作るわけで、
それと、絶望している自分とのギャップに耐えられないのか?

とにかく元気が出ない。

「毎日仕事へ出ることができる」のが最低クリアしなければならないラインなのだが・・・。

自分が何に納得していないのかわからない。
逆に納得しないまま事を進めることができないのは弱さだ。

考えるな・・・。でも、解が出ないといつかまた繰り返す。
自分で答えを見つけなければ。

そして考えが自分に向いている限り不調は続くのだ。

あさ

山ほどの病気と資格と怨念と笑いで腹と頭を抱えてのたうち回っております。何であるのかよくわからない死に直面しつつも、とりあえず自分が死んだら、皆が幸せになるように、非道な進路を取って日々邁進してまいります。

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あさ

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