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精神障害者のセルフヘルプ-グループと専門職の支援

勢いで読破。
作業所を離れ、これからどうしようか考えていく中での一冊。
たまたま大学のスクーリング時に生協で販売してたものです。

統合失調症の当事者である私にとって有益だったか?というと、素直にうなずけない。
まだまだいろんな研究に触れてみないと何に注目すべきなのかわからない。
カナダでのシステムを参考にしていくのもこの本だけでは詳細が分からなかったので今後調べていかないとならないかも。

思うに、当事者もいろいろ、援助者もいろいろで、いろんなものが並立している状態から自分の気に入ったものが選べればいいのだけれど、福祉サービスを選択できるようになるのはまだまだこれからだと思うし、「サービスを受ける」といった段階で「ユーザーと援助者」の立場の違いが発生し、たとえ援助者側が当事者であっても何らかの指示的な関係は発生するだろう。その援助者からの提案や助言が病的な状態にある当事者には脅威に感じられることは予想され、ただ、セルフヘルプだからOKということにはならないだろうなと思います。救急時には特に。たとえば移送の段階での問題をセルフヘルプグループの介入(?)でスムーズにできるものなのか知りたいところです。

自助グループの形成は「自助グループの外と内」を作ることでもあるから、医療から行政、ボランティアなど含めて自助で構成されたものを作る…のは無茶かな。閉じられたグループと開放されたグループのかたちの違いなども考えどころか。

いろいろ考えたけど、まだ私の手に余る。
ただ、精神障害者だけを考えているのではない仕組みが必要なんだろうな。
障害者だけでなく生活するすべてのひとの強制でないつながり。
その上での同質の問題を持つものの集まり。

「ボランティア」ってのは私はなんか違うのではないか?と思ってしまうあたり私は病的なものを持ってるのかなと思ってみたり。なんなのかわからないけど違和感がある。なんなんだろう?

ひとのつながりを、まとめることと、ひろげること。相反するかなあ?まとまりがひろがって全部がひとつにまとまっちゃったらなんか気味悪いしなあ。細かい集まりが無数にあってゆるく連帯してるのがいいのかなあ?でも、それも頼りないような気がするし…。マキャベリが権力に関してなんかこんなのに関係したこと書いてた覚えがうっすらとあるけどなんだっけかな?

2001年の本だからその後なんか進展もしてるだろうから、またこんな感じの書籍があったら読んでみよう。

 
 

ああ、…教科書読まずに逃避してる場合ではないのに…。
試験は近づいてる。

あさ

山ほどの病気と資格と怨念と笑いで腹と頭を抱えてのたうち回っております。何であるのかよくわからない死に直面しつつも、とりあえず自分が死んだら、皆が幸せになるように、非道な進路を取って日々邁進してまいります。

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あさ

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