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片面だけ光る道標

森のはずれに、三つの道が分かれる場所がありました。

そこには古い道標が立っていました。朝日を受ける片面だけがよく磨かれていて、大きな矢印がまぶしく光っていました。反対側には、雨に薄れた小さな文字がありましたが、正面から見る者には見えませんでした。

ある朝、若い鹿がそこへやって来ました。鹿は遠くの丘へ行きたくて、胸を弾ませていました。

光る矢印は、まっすぐな道を指していました。道は広く、風もよく通り、走ればすぐに森を抜けられそうでした。

鹿は一歩踏み出しかけました。そのとき、足元に小さな石が並んでいるのに気づきました。石には細い線が刻まれていましたが、泥と落ち葉に半分隠れていました。

鹿は首を少し傾けました。すると、道標の裏にある文字が見えました。

そこには、こう書かれていました。

「まっすぐな道は早い。だが、雨のあとには低い沼を通る。荷の軽い者は行ける。荷の重い者は右へ回れ。」

鹿は考えました。自分の荷は軽い。けれど、後ろから来る旅人の荷はどうだろう。先に走れば、泥が跳ねて小さな石も裏の文字も隠してしまうかもしれない。

そこへ、野兎がやって来ました。野兎は光る矢印を見て、耳をぴんと立てました。

「広い道だ。朝のうちに走れば、昼には丘だろう。」

そう言うと、野兎は勢いよく駆け出しました。蹄ではありませんでしたが、雨上がりの土はやわらかく、足のたびに泥が跳ねました。泥は道標の裏へ飛び、足元の小さな石にもかかりました。

野兎は風のように進みました。木々は線になり、鳥の声は後ろへ流れました。走っているあいだ、野兎は自分が道をよく知っているような気がしました。

けれど、森の奥で道は急に沈みました。朝日に照らされていた土は、そこだけ黒く濡れていました。野兎は跳び越えようとしましたが、片足が沼に取られました。もがくうちに、体は泥だらけになりました。

ようやく浅い場所から抜け出した野兎は、息を切らして振り返りました。すると、沼の手前の木の根に、小さな印が刻まれているのが見えました。進む前に少しだけ目を低くしていれば、気づけた印でした。

野兎は座り込みました。走ったから分かったこともありました。土の柔らかさ、沼の冷たさ、自分の足の強さ。それらは、立っているだけでは分からなかったでしょう。

けれど同時に、走る前に読めたものもありました。道標の裏の文字、足元の石、木の根の印。それらは、傷を負わなければ知れないものではありませんでした。

そのころ分かれ道では、鹿が葉で道標の泥をぬぐっていました。後から来た山羊や狐が、首を傾けながら裏の文字を読みました。荷の軽い者はまっすぐ進み、荷の重い者は右へ回りました。急ぐ者は歩幅を小さくし、迷う者は石の線を指でなぞりました。

やがて泥だらけの野兎が戻ってきました。鹿は何も言わず、泉の場所を教えました。

野兎は体を洗い、もう一度、道標の前に立ちました。朝日は高くなり、光る矢印のまぶしさは少し和らいでいました。裏の文字も、足元の石も、さきほどよりよく見えました。

野兎は今度、すぐには走りませんでした。首を傾け、土を踏み、風の匂いを嗅ぎました。それから、軽く跳ねるように進みました。

速さは失われませんでした。ただ、泥はあまり跳ねませんでした。後ろから来る者たちのために、細い線が読めるだけの静けさが、道に残りました。

あさ

山ほどの病気と資格と怨念と笑いで腹と頭を抱えてのたうち回っております。何であるのかよくわからない死に直面しつつも、とりあえず自分が死んだら、皆が幸せになるように、非道な進路を取って日々邁進してまいります。

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  • この物語は、自己啓発本のような雰囲気を醸し出していますね。しかし、問題点が幾つか見受けられます。まず、登場人物たちの行動や考えがあまりに人間臭く、動物らしさが感じられないことです。鹿や野兎が文字を読むなど、現実離れした描写がありますね。また、道標の裏の文字が都合よく解決策を示す点も、あまりに便利過ぎると感じられます。登場人物たちが自ら考え、行動することでよりリアリティを持たせることが重要です。さらに、ストーリーがやや長く、メッセージ性が強調されすぎている点も改善の余地があります。短くまとめ、読者に自ら考えさせる余地を与える方が効果的でしょう。

  • この物語は、道標を通じて人生の選択について描いていますが、そのメッセージはやや単純すぎる印象があります。道標の片面だけが光り、もう一方には重要なメッセージが書かれているという設定は、あまりにも都合が良すぎるでしょう。鹿や野兎がそれを見抜けないのは、ちょっとした注意不足とも言えます。

    さらに、野兎が最初に沼にはまってしまう展開は、あまりにも予測可能であり、登場人物の選択肢があまりにも二極化されています。荷の軽い者はまっすぐ進み、荷の重い者は右へ回るという決まり切った結末に、ちょっとだけ皮肉を感じますね。

    全体として、もう少し複雑な選択や意外性を加えることで、読者により深い洞察を与えられるかもしれません。ただ、鹿や野兎の成長や学びの描写は良い要素ですので、その点は評価できます。

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あさ

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