卒業式があったらしい

私の学んだ通信制大学で卒業式があったらしいです。

全く頭から抜け落ちていました。

式典やら懇親会(立食パーティー)やらがあったそうですが、
どうせ壁際に張り付くことになって、おいしいものは先に誰かに取られてしまうだろうし、
参加費が馬鹿にならない上、交通費は大馬鹿にならないので、
不参加は妥当だったかと・・・。

ここのところの不意打ちの件。ちょっと説明しときますと・・・。
いろんなことが予期せず起こりました。
おじさんの急死と葬儀。それにまつわるごにょごにょとかむにゃむにゃとか。
大阪への旅。これについては語れることは語ってるでしょうか?
ただし、旅先での急転直下の事件。これが語れない。
ある人たちに顔をあわせ、ある集まりに出席し・・・。話せない・・・。
読んでると何がなんだかわかんないかも知れませんが、
語りえぬことが連発して起こっていたのですよ。
いや、悪いことはしていませんよ。悪いことしたから語れないのではなくて、
極めてプライベートなことをチラリと記述したのが悪かったです。
ほんとに病気に悪いですね。

出費も諭吉先生が何枚も旅立ってゆかれました。

卒業式で、いろんな人と顔つなぎができれば有意義なんでしょうが、
なんせ人数が人数だけにあいさつだけで終わってしまうのは見えている。
マンモス校なんで仕方ないけれども。

学位記が近いうちに送られてくるようです。
通信制大学って言っても、いわゆるビジネスなのですが、
1000人が年間50万円落としていくとなると1年で5億動きます。
今年の卒業生は通信通学合わせて2600名強。全学年で何人居るのやら・・・?
通信部の卒業率は5割を割ってるはずなので学生数はもっと多いはずで・・・。
さらに教科書販売やらなにやらでそれもばかにならない。

大学と言うところは自分自身で勉強するのが常識なのですが、
試験と実習・スクーリング以外はほとんどほったらかしにされたのは良いのか悪いのか・・・。
あ、同窓会の金かけてそうな会誌が送られてきたっけな・・・。
2年半、お世話になりましたが、何か物足りないものが。
先生-生徒の関係と言うより、事務室-生徒の関係のほうが強かったような。
工学部時代の自己破壊的な猛勉強と比べるから悪いのか?

とにかくひとつ終わりました。
2つ目の大学卒業です。

本当の事言うと、昔、町内会の旅行でどっかの温泉に行ったとき、
天才バカボンの着ぐるみショーをやっていて、
子供に「バカ田大学」の卒業証書が授与されて、それを持ってたりするのですが、
究極のディプロマ・ミルってやつなんでしょうかね?

商売っていろいろだなあ。
で、調子が悪いと思ってたら風邪ひいてたみたい。
花粉症かと思ってたけど、雨降っても調子が悪い。
咳が出る。まだ軽いうちに養生します。

自分の体に対してはほんとうに鈍感なところがあります。
統合失調症の薬物療法も主剤が効いてるのかどうか自覚できない。
つまり、調子がいいのだとは思うのですが・・・。
精神病んでると調子が悪いのは精神から来てると勘違いしがちになるのでしょうか?
今回はカラダの方が不調らしいです。夜更かしした罰でしょうか。

34 comments

  1. m.takeda says:

    こんばんは。

    そうでしたか~。
    言いたいことを赤裸々に語っても言われるし、かといってオブラートに包んでみても言われたんじゃ困っちゃいますよね?

    でも、あささんの場合、いずれにせよ、敵愾心というと大げさですが、悪い意図みたいなものは感じられないんですよねぇ。そういう意図を持ってやっている人とそうじゃない人とを、(私の病気が長いからでしょうか、いや、極常識的に)私は区別できているつもりです。

    例のプライベートな話のコメントの中にも、「奇跡的にも」でしたっけ?なんだかそのような表現を使われていたので、なんだかこの人憎めないんだよなぁ、と思いました。

    ひょっとしたら、それはあささんの「持ち味」なのかもしれません。周りの洞察の方が鈍いだけなのかも。なので今後上手く伸ばしていけたら非常に好ましい強みになるかもしれません。

    PS/ WRAPって詰まる所、自身の日常生活で、そしてトリガーになるもの、さらには潰れた際にはどう対処するかという事の「気付きのプログラム」なので、83ページで終わる本ではありますが、一生終わらない話とも言えるのかも知れません。

  2. あさ says:

    >m.takeda さん

    記事をまたいでのコメントありがとうございます。

    単純に不器用なのが表面化しているだけなんでしょうけどね(笑)

    ワーカーさんとかより業者の営業さんの姿勢には学ぶところが多いですが、他人を傷つけないように持ち上げていくテクニックと言うのは、奥が深いなあと思います。自分は思ったことがすぐに表に出てしまうので、そういう人に対峙すると手玉に取られてしまいます。いわゆる「おひとよし」の部類ですかね?いえ、m.takeda さんが私を持ち上げてるとか言いたいんじゃ無くて・・・えーと、なんといいましょうか(笑)

    >悪い意図みたいなものは感じられないんですよねぇ。

    そのぶんキレたときはこわいですよぉ~。

    >WRAP
    nvsnvaさんが詳しいようなのでなんかコメントくれたらうれしいなと思いつつ・・・。ISOに似てるとのことで応用範囲が広い反面、自分に適用するにはコツが要るかなと思います。自分専用の取り扱いマニュアルみたいなもんですよね?まだ私の不勉強かな?

    PSWに求められる「自己覚知」ってやつと似ているので真剣に取り組んでみることも必要かなと思ったりします。

  3. nvsnva says:

    呼ばれた?

    m.takedaさんが触れている「83ページで終わる本」はなんのことかな、私は読んだことがないと思います。通称で赤本と呼ばれている本とは違うのかな?こちらもまだ読んでないですが。

    WRAP自体は、ちょっと勘違いされやすい部分もあると私は思っています。こういう場所でWRAPに触れるのはちょっと面倒ですね。いろいろな人が読んでいるから、相手のWRAPへの経験や知識の質や量を把握しにくいので、勘違いを避けるような手立てがとりにくいです。

    ただ、

    >ISOに似てるとのことで応用範囲が広い反面、自分に適用するにはコツが要るかなと思います。自分専用の取り扱いマニュアルみたいなもんですよね?

    というところからは、それほど大きな勘違いは感じません。私の私見でも、ちょっとコツがいるかなと思います。
    ただ、あささんがこれとは別のレベルで大きな勘違いをしている可能性は否定できませんが。

    ここで言っているISOとは、ISO 9000sのことですね。これも日本でも普及初期のころは、いろいろ誤解があったと、本で読んだ記憶があります。

  4. あさ says:

    >nvsnva さん

    WRAPってそんなに勘違いされやすいものなんですか?

    >ただ、あささんがこれとは別のレベルで大きな勘違いをしている可能性は否定できませんが。

    ううむ。勘違いって、してる本人はわかんないからなんとも・・・。
    どんな勘違いをしている可能性がありますか?

  5. m.takeda says:

    こんばんは。

    私の手元にあるのは確かに赤い本ですが、これ赤本っていうんですか?ISBNは、0-9631366-1-5。

    どう勘違いされやすいのか、私にも解りませんが、個人的にはこの赤本?は平易な英語で書かれているので曲解する余地は無いと感じましたが。

    もう一冊、WRAPをピア・サポートに応用するという内容の本も読んだのですが、こちらは多少難しくていまいち咀嚼できなかった。

  6. あさ says:

    >m.takeda さん

    こんばんは。

    みなさん研究熱心ですね・・・。

    赤本ってこれですか?

    気になりますが。高い本だな・・・。
    amazonでは78ページって書いてありますよ。

  7. m.takeda says:

    なんだろう。またRSSが拾ってくれなくなった。

    赤本→”Wellness Recovery Action Plan”
    by Mary Ellen Copeland, PhD

  8. あさ says:

    >m.takeda さん

    すいません前後しちゃいましたね。RSS周辺になんかバグでもあるのかな?
    やっぱこの赤い本ですね。

    とりあえずはこっちを入手する方が手軽そうなんですが・・・。

    http://www.mentalhealthrecovery.com/jp/espanol_1.php

    日本語のWRAPワークブック

    WRAP研究会発行の3冊のテキストがご購入いただけます。これは、「メンタルヘルスのリカバリーとWRAP」ファシリテーターマニュアルから抜粋したスライドをもとに、メアリーエレン コープランドの承認を得て作成されたものです。研修を修了したWRAPファシリテーターが進行するクラスで使用する目的で作られたものですが、このウェブサイトのWRAPに関する情報とあわせてご利用いただければ、ご自身でWRAPを作るときのガイドとしてお役立ていただけます。テキストは、「元気回復行動プラン WRAP」「元気回復行動プラン WRAPノート」「リカバリーに大切なコンセプト」の3冊セットです。

    3冊で1500円だけど、かなり薄い冊子だった覚えが。
    これとは全く違うんですかね?

  9. m.takeda says:

    こちらをご覧ください。

    http://www.mentalhealthrecovery.com/

    赤本は10ドルで売られています。日本までのシッピングがいくらだったか覚えていませんが。このサイトを見る限り、3冊というのは逆に謎で、取りあえず必要なのは赤本だけだと思われます。

    本当に平易な英語で書かれているので、わざわざ訳されて値段が釣り上げられたものを購入する必要はないと思われます。

  10. あさ says:

    >m.takeda さん

    英語のサイトをさらっと読んで来るのは尊敬します。

    ほんとだ。10ドルの本がなんでこんなに値段が釣り上がるんだろう?

    この3冊ってのも、しばらく前までは2冊だったような記憶があったり。
    書き込み式のノートみたいなやつと解説書のセットだったはず・・・。

    nvsnvaさんを呼んで実情はどんなんになってるか聞いた方が良いかな?

    おーい。nvsnvaさーん。たびたび呼び出してごめんよー。

  11. nvsnva says:

    m.takedaさんに伺いたいのですが、赤本では「リカバリー」の概念については、どのように説明されていますか?

    WRAP研究会で出した「リカバリーにとって大切なこと」で触れられている、5つのコンセプトについては、どの程度触れられていますか?

  12. m.takeda says:

    >赤本では「リカバリー」の概念については、どのように説明されていますか?

    リカバリーの概念のコアは、正直申し上げてWRAPより、マーク・レーガンの方が的確に述べていると思います。

    WRAPは「プログラム」ですから、リカバリーのノーショナルな面よりはむしろファンクショナルな側面に重点が置かれていると思います。

    赤本を読んで、例えば “In WRAP, the concepts of Recovery refer to~.” のような個所を探してみたのですが、明確にそう述べている個所は見当たりませんでした。しかし、3頁目の Overall Description の冒頭に次のような記述があります。

    The Wellness Recovery Action Plan is a structured system for monitoring unconfortable and distressing symptoms and, through planned responses, reducing, modifying or eliminating those symptoms. It also includes plans for responses from others when your symptoms have made it impossible for you to continue to make decisions, take care of yourself and keep yourself safe.

    WRAP とは、不快や苦痛な症状を観察し、あらかじめ計画された反応を通し、そういった症状を軽減し、変更し、あるいは消し去るための、構造化されたシステムです。その中には、あなたの症状が、もはや自己決定や、自己管理、自己保全を継続し難い状態にまでなってしまった場合、他者がどう反応すればよいかという計画も含まれます。(訳:m.takeda)

    ここから(無理やり)「リカバリーにとって大切なこと」を挙げるとすれば、

    1)不快や苦痛な症状の観察して
    2)症状の軽減、変更、消去を目的とする
    3)反応をあらかじめ計画する
    4)計画には自発的なもののみならず他者の反応も含まれる
    5)以上の1)~4)をシステムとして構造化する

    と言えるのですが、これですと「WRAPにとって大切なこと」となってしまいます。しかしながら、WRAPを実行するにあたり、「WRAPとは概念ではなく実行していくシステムなのだ」という大前提を押さえること無しに、次のチャプターで紹介されている「健康を保ち症状を抑える為にすべきこと」が、なぜ33項目も例としてリストアップされ、それらをツールボックスとして書き留めていく必要があるのかが解らないと思います。

  13. m.takeda says:

    >nvsnva さん

    http://www.mentalhealthrecovery.com/jp/

    に記述されている「リカバリーにとって大切なこと」に関し、私はそれらをマーク・レーガン著「リカバリーへの道(金剛出版)」で学びました。英文でもよろしければ下記よりダウンロードできます。

    http://www.village-isa.org/Ragin's%20Papers/Road%20to%20Recovery.htm

    あの5つの項目は、「誰それの研究によって」という枕詞無しに今や「リカバリー」そして「リカバリーに基づく精神障害者福祉」の基本要素になっていると思います。

    にもかかわらず?その5つの基本要素の記述を、私は WRAP の赤本の中に見つけることはできませんでした。

  14. nvsnva says:

    これは、私の私見です。

    m.takedaさんもお感じかもしれませんが、

    WRAPやそれに関わる『リカバリー』などについては、まだ概念整理や定義づけが充分にされていない状態なんです。そんな状態でこんなブログのコメントで、直接対話よりも双方向性の欠ける状況で言葉のみを使ってWRAPについて話をするのは、誤解をまねくもとになりやすいのですよ。

    今の段階では、多くの人の知恵をあつめて、いろいろ話し合いをしていこうという段階だと思っています。その話し合いの流れを整理していくうちに概念整理や定義づけも行われていくと私は期待しています。

  15. m.takeda says:

    >WRAPやそれに関わる『リカバリー』などについては、まだ概念整理や定義づけが充分にされていない状態なんです。

    でも、「リカバリー」の概念の基礎部分に、「希望」だの「権利擁護」だのといったものが存在しなければ、逆に「リカバリー」という概念自体発生しないですよね?すなわち、「リカバリーそれ自体」の概念整理や定義付けは、(充分とは言えないものの)他のアメリカ人研究者によってある程度のレベルまで成されていると思うんです。

    問題なのは、

    1)WRAP(の赤本)を読んでも「リカバリー」についての知識(概念・定義)を得ることができないという事、すなわち、WRAPから入って行っても「リカバリー」は学べない、という点

    2)「リカバリー」の研究及び実践はアメリカに比べると日本において文化的に馴染まないせいか、ろくにされておらず、日本の精神医学や精神障害福祉が「リカバリー」に基づこうとしない点

    にあると思うのですがいかがでしょうか?

    私見ですが、特に、2)が諸悪の元凶?で、それをnvsnvaさんに近い言い方で言うならば、「ブログのコメント欄などで語り合っても意味が無い」。

  16. あさ says:

    >nvsnva さん
    >m.takeda さん

    すいません、寝てました。

    私の寝ている間に話は「リカバリー」に・・・。

    「リカバリー」に人が求めるものがそれぞれ違うゆえに「個別化」された「リカバリー」の方法や目標があって、それをメタの視点からサポートするのがWRAPなどのツールだと個人的には思ってたんですけど・・・。

    「リカバリー」って定義づけが必要なんですかねえ?
    おおざっぱに共通の理解は必要かもしれないけれど、人によって「リカバリー」の意味するところは具体的には違ってるわけで。そこで「個別化」された対応が必要とされてくるのだけれど、そこを全体に共通するものでまとめようとすると無理が生じてくるゆえに話がややこしくなるのではないかと。マスに対応する手法が使えないゆえにnvsnvaさんの表現で言う「ISO9000s」に似ているWRAPが有用だと言うことになるのだと思いますがいかがでしょう?

    >「WRAPとは概念ではなく実行していくシステムなのだ」
    っていうのはそのへんを言っている気がするんですが。

    リカバリーとWRAPって別次元のものなのかなあと思ったりも。

    すいません。ねむいんで上手くまとまりませんです。

  17. あさ says:

    こころの元気+の3月号の広告にこんなのがありました。

    こころの元気+3月号裏表紙

    nvsnvaさんの言ってた3冊のうちの一冊ってこれのことですか?

  18. m.takeda says:

    横から失礼します。

    これ、出版社がどこか分からないけれど、目次を見ると、単に赤本を訳したものなんじゃないんですか?

    しかも「元気回復行動プラン」って何?・・・。WRAP のいう Recovery とか Wellness、Action、Plan (全部かw)ってそういう意味じゃないのでは?

    WRAP の内容を捉えて訳すなら、「健康に関するリカバリーを実行するための計画」とか、「健康へのリカバリーを計画をたてて実行する」とかってことでしょ?

    このように、概念定義が未だ成されていないことを、ブログのコメント欄などで語り合っても意味が無いというのが、nvsnvaさんの主張だったと思いますが。

  19. あさ says:

    >m.takeda さん

    「こころの元気+」の第3号(今年の3月号じゃなくておととしくらいに出た通巻3号)で特集されていたグループからの流れだとすると、「WRAP研究会」と言うのがあるらしくて、久留米大学病院のデイケアセンターの活動がもとになってるみたいです。

    で、この研究会が「元気回復行動プラン」という呼び名を考えたらしいです。

    訳者の久野恵理氏はインディアナ大学の助教授らしいです。

    とりあえずこんなんがでたらしいと。報告まで。
    ISBNくらい載せろよと言いたいです・・・。

  20. m.takeda says:

    あのですね、WRAP をいくら研究しても、WRAP が「リカバリー」への入り口になっていない(WRAP より先に「リカバリー」在りきであるため)、先に「リカバリー」について「研究」しないと意味が無いのですよ。

    しかしながら「リカバリー」でさえ、
    ・概念定義が未だきちんと成されていないことを語っても意味が無い(nvsnvaさん)
    ・日本の精神科医療や精神障害福祉制度が「リカバリー」に基づいていないのでそれを研究しても意味が無い(m.takeda)
    などを根拠に、「リカバリー」でさえ、現在の日本で研究することは意味が無いのですよ。

    ・・・と、あささんに主張をぶつけてもどうしようもないのですが。

  21. m.takeda says:

    愚痴の吐き出しついでに。

    ACTとかRecoveryとか、アメリカの文化と社会に基づく制度がいくらアメリカで上手く機能したからといって、それらを日本人研究者が「ネタ」として研究するのは構わないが、それを日本人の当事者の治療のモデルとして持ち込まないで頂きたい。精神障害者に対する偏見が未だこんなに強い日本社会においてACTが機能するという発想自体が滑稽だ。

    ・・・と、あささんに主張をぶつけてもどうしようもないのですが。

  22. あさ says:

    >m.takeda さん

    主張をぶつけられてしまった・・・。

    要約すると「まだ日本でやっても『おまじない』と区別がつかないんじゃない?」ってことでいいんでしょうか?

    言い過ぎかな?

  23. m.takeda says:

    >あささん

    ナースが全員クリスチャンで、患者が「この傷治るかな?」と漏らすと、ナースが上を指さして”He can cure you.” と言う国と、精神科医がクリスチャンの患者に向かって「聖書って全部幻聴でしょ?」と言う国とでは、同じレメディ・モデルが等しく機能する訳無いんです。

    病院で「こころの元気+」の付録?みたいな就労に関する冊子を読みましたが、あんな夢物語みたいな世界が日本のどこにある・・・と呆れてしまいました。「こころの元気+」の周辺の人たちって固定されていますが、あの人たちがあまりにも「理想」を目指し過ぎなんじゃないでしょうか?

    本気ならば、
    1)「理念」を持つ
    2)研究者は(海外のモデルを輸入するのではなく)日本人に合ったモデルのサンプルを作る
    3)モデルを一括りにして当事者全員に当てはめない
    4)当事者は何が不満で、地域住民は何が不満で、産業界(雇用者)は何が不満なのかが分からないので、「当事者」、「ワーカー」、「住民」、「産業界」が一緒に討論する機会を各地で定期的にもつなど、地道に建設的な努力をしていかないと、上述した「こころの元気+」の周辺の人たちの「理想」と当事者との間の「乖離」がますます広がると思います。

    要約すると「まだ日本でやっても・・・」というより、「まだ日本には素地さえ無い」と言ったところでしょうか?

    言い過ぎかな?

  24. あさ says:

    >m.takeda さん

    辛口な発言は大好きです。

    じゃあ素地は何をどうすれば醸成されていくかと言うところから始めないといけないわけですね。

    こないだ当事者の発言をみんなで聞こうといった感じのシンポジウムを見てきたんですが、この先の困難は大きそうです。

    当事者の私みたいのも、もっと力をつけないといけないわけですね。・・・と、言うは易し・・・。

  25. m.takeda says:

    >じゃあ素地は何をどうすれば醸成されていくかと言うところから始めないといけないわけですね。

    =1)「理念」を持つ

    だと思います。

    具体的に言うなら(今更言うまでもなく)、北欧における福祉国家的な方向に行くのか、反対の方向に行くのかという「理念」。

    でも「やっとここまで来た」のだと思いますよ。今まで日本人にとって「精神」とは神秘的で尊いものでしたよね?「物質的な物より精神的なものを大切にする」という価値観が美しいとか。それがこれだけ「精神を病気として病んだ人」が大勢出てくると、「精神」をもはや神秘的な霞で済まされなくなった。

    >こないだ当事者の発言をみんなで聞こうといった感じのシンポジウムを見てきたんですが、この先の困難は大きそうです。

    これは(「この先の困難」とは)どういう意味なんでしょうか?

  26. あさ says:

    >m.takeda さん

    >この先の困難

    自分で消化できていないのですごく不用意な発言になるかもしれないんですけれど・・・。

    シンポジウムでは、当事者で「ありのままを受け入れてほしい」ということを主張する方がいて、その気持ちもわかるし、「障碍は個性だ」と言うのもある程度わかる(現実的に生活していくうえで個性で済まされることばかりではないよなあとも私は思いましたが)。家族会から行政への要求が出るのもわかる。で、行政からの代表はデータをこれでもかと並べて時間を使い切る・・・。

    多くの人を前にしたからそうなると思うのですが、生活からどこか遊離しているような。もっと切実なものがないのか?という疑問を抱きました。各個人オリジナルなものがあるんですが、それを語るとき、生々しいところが中和されているような。

    自分でも反省しなければならないと思うのですが、人を説得する際のレトリックのようなものが欠けている気がします。社会に訴えようというシンポジウムならばなにか主題がないといけないように思うのですが、「十人十色でみんな違うんだよね」でまとめてしまうと、健常者も含めて「みんなそれぞれ」で均されてしまうわけで、精神障碍者の困難が各人の単なるエピソードで終わってしまうような気がしました。

    私が冗談でたまに使う「1億総精神障碍者」というのがノーマライゼーションの行き着く先だとしていいものか?と、勝手に懸念して帰ってきたのでした。
     

    すいません。自分で書いててまとまらなくなってきました。

    >1)「理念」を持つ

    この理念が障碍者問題に対してだけではなく、社会全体を包摂したものでなければならないということで困難は大きいと言うことになるかと思います。で、当事者と行政(あるいは一般的な人々の見方)のカベは厚そうだと。

    m.takeda さんが言ってることと通じていると思うのですが・・・?いかがでしょうか?

    レトリックの問題からいくと小泉元首相のような政治のやり方に対抗する力をつけなければいけないのではないかと思ったりも。

    すみません、まとまりません。
    私の感じた困難がわかりますでしょうか?

  27. m.takeda says:

    >>1)「理念」を持つ

    >この理念が障碍者問題に対してだけではなく、社会全体を包摂したものでなければならないということで困難は大きいと言うことになるかと思います。で、当事者と行政(あるいは一般的な人々の見方)のカベは厚そうだと。

    >m.takeda さんが言ってることと通じていると思うのですが・・・?いかがでしょうか?

    なにかこう日本という国が「のっぺらぼう」のように感じるのは、どの時代を取っても「結局国民がどういう国を目指して歴史を積み重ねて行きたいのかという理念」が無かった。例えば日本の天皇家の歴史(=日本国)は長いのでしょうけれど、じゃあ天皇家の歴史は何々天皇がこういう国を造ろうという「理念」を持って何らかの努力をしたという歴史ではないですし、近代になり欽定憲法下で初めて「上が押し付けた」理念が「富国強兵」で、臣民はそれを信じてやってみたけれど、結果的に戦争に負けて、敗戦というトラウマを癒す為に戦後の国民が選択した防衛機制が「理念を持たない」とか「感情を麻痺させる」などといった事だったのでしょう。

    そもそも「権利」というものは下のマジョリティが上のマイノリティから闘って勝ち取るものですが、日本の歴史においてそれは一度も起きなかった。なので「権利」という概念を「我が儘」だと誤解している方が多いですし、もっと多くの人はそんなことは考えないで暮らしたいのです。もうそういう国になってしまったのです。

    きっとあささんがまとめるのが困難だと感じている「もやもや」や、私がフラストレーションを感じて主張を連打する所以は、もうこの国自体、将来的に何か理念を持ったり何かを創造することは無いであろうというある種の「絶望」を既に読み取っているからかも知れません。

    つまり、「こころの元気+」の付録?みたいな就労に関する冊子に書かれている理想や、当事者の発言をみんなで聞こうといった感じのシンポジウムでの「パフォーマンス」などは、いわば上っ面の美辞麗句に過ぎなく、唯一確実に存在しているのは「無」なのです。

  28. あさ says:

    >m.takeda さん

    >唯一確実に存在しているのは「無」なのです。

    でも、お腹はすくのでなんとかしなければならない。
    他の全ては無でも、お腹のすく自分の存在は認めなければならない。

    私は遺跡の発掘を仕事としていた時期があるのですが、天皇家の歴史以前に活き活きとした生活の痕跡を見たりするのです。

    たとえば、
    素焼きの人形、埴輪じゃなくて大きさ5センチくらいの子供が遊びで作ったみたいなものが百数十体まとまって出土したりする遺跡
    (このページにあるのはごく一部。ものすごい量が出土して記録取る人は大変だったろうなと・・・)を見たりすると、なんか突き抜けた日本人パワーみたいなのを感じたりするわけです。

    精神障碍者はその時代にもいたはずであり・・・。そこでは上記のような常軌を逸した成果を上げたのは精神障碍者系統の人たちではなかったのではないかと妄想を膨らませています。だってたぶんその古代社会では健常者は働いてごはんつくらないといけないから・・・。古墳とかやっかいなものも作るけど。

    なんかヒントがありそうな気もしますが・・・。それとも昔から迫害されてたのでしょうか・・・?

    話が逸れすぎでしょうか?これはこれで大変な社会なのか・・・。

  29. m.takeda says:

    >あささん

    うーん。話が逸れたというより、新たな論争の火種に火がついたというか(笑)。

    要約すると、古代社会の健常者はごはんをつくらないといけないから、尋常じゃない数の素焼きの人形を作ったのは精神障害者系統の人たちではないか?そしてそれはすごくパワフルなエネルギーを必要とするので、その社会の中における精神障害者たちの在り方に障害者が活き活きと暮らす上での何らかのヒントを見いだせないか?という事ですかね?

    正直、その時代背景も、その時代に精神障害者がいたのかもまったく分かりません。それって、「いつの時代も社会は一定数の狂気を必要とした」というミッシェル・フーコー的な発想なのかな?

    でも、だれもごはんを作ってくれない私は、障害者だけれどもごはんつくらなければいけないし、そういう障害者は自分以外にもたくさんいると思うし、言葉足らずだった点を補うとすれば、
    >>唯一確実に存在しているのは「無」なのです。
    とは、解答が「無」なのです。という意味で言ったのだし(つまり答えが無いということ)、
    >でも、お腹はすくのでなんとかしなければならない。
    という解答は一見すごくシンプルに的を得ていて(厚労省サイドからの視点という意味で)、戦後の日本人の防衛機制から論じ直せば、敗戦というトラウマを癒す防衛機制の一つとして、「他のことを犠牲にして、一切を経済活動を行う事に転化してきた」とも言えますよね?

  30. あさ says:

    >m.takeda さん

    >「いつの時代も社会は一定数の狂気を必要とした」

    あれですよ、よくいわれる文化や国家を選ばず、統合失調症者は同じような率で発生する。って言われてる言説をそのまま無批判に持ってきただけです。誰が言い出して誰が統計取ったんだろ?

    >「他のことを犠牲にして、一切を経済活動を行う事に転化してきた」

    そしておなかがいっぱいになっても食べるのをやめることはなかった・・・?
    というか、おなかはいっぱいになることはなかった?
    なんだ、社会の方が病気ではないですか。ってことかしら?

  31. m.takeda says:

    >あささん

    テレビの無い私はもう就寝時間ですので寝ますが、

    >なんだ、社会の方が病気ではないですか。ってことかしら?

    これってあささんの私想の根底にありますよね?確か、われわれは健常者の土俵に上がって勝負はできないが、逆に、健常者はわれわれの土俵に上がってっこれないみたいなことを仰ってたような・・・。

    でも、それに単なる開き直りみたいな印象は受けなくて、きっと、そう主張したい根拠をお持ちなんだろうなと推測しています。

  32. あさ says:

    >m.takeda さん

    すいません、一日つき合わせちゃいましたね。

    もうすでに私の頭はパンク寸前です(笑)

    どこでそれ言ってましたっけ?検索かけとかなきゃwww

    私、あまり考えず直感で発言することがあるのでご注意を・・・と煙幕をはっとこう。

    おやすみなさい。良い夢を。

  33. m.takeda says:

    マーフィーの法則の記事のコメントにありました。

    >あさ
    3 月 25th, 2009 03:36

    >>m.takeda さん

    >なんか夜通し語り合ってしまいそうな勢いですが・・・。

    >彼らにはわからないことが我々にはわかると言う事は言えませんかね?
    >逆もまた真なりでこちらも彼らをわからない。

    >彼らの土俵に我々は上がれないけれど、逆に、
    我々の土俵に彼らは上がれないのではないのでしょうか?

    >ただ、社会的に我々は不遇な立場に置かれているのは確かですが。

    >詭弁スレスレですが、ある程度は真実でしょう。

    ところで、このスレッドというかコメントの応酬というか・・・も、100 comments 位続けても結論が出なくて、あーだこーだと言い合っているような予感がするので、この辺でストップしましょうか。

    >私が冗談でたまに使う「1億総精神障碍者」というのがノーマライゼーションの行き着く先だとしていいものか?

    議論を振り返って無理やり結論を出そうとするなら、あささんの結論はこれかな?と。

    私の結論は「答えは無い」かな?

  34. あさ says:

    >m.takeda さん

    おはようございます。

    私は今から就寝です。

    「答えは無い」というより「機が熟していない」くらいが妥当じゃないですか?

    本当にキリが無いのでストップしましょう。

    他人が見たらなんなんだろうと思うでしょうね(笑)

    ありがとうございました。

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