「在宅ワーク」で食っていけるのか?

昨年より、私はデータ入力の在宅ワークを行なっているのですが、
実態は結構厳しいものがあるわけなのです。

先日もご紹介したこの本。考えさせられるとともに、自分の立ち位置を確認するのに役立ちました。

在宅ワークにも、高収入を確保していける人たちと、ワーキングプアないしは家計の足しにしかならない人たちに二分されるそうです。前者は高度な専門性を生かした正社員での在宅勤務。後者はデータ入力などを順番待ちしながら受けているような「電脳内職」みたいな形で働く方々。

どっちも結構過酷です。

前者は残業の縛りがないために、就業時間の管理がなされない、良い言い方なら自己の裁量で働ける。悪い言い方なら無賃残業し放題。

後者は仕事の確保が保証されず、どんなハードな仕事が振られても、時給換算で安く使われてしまう。時間内に出来なければ、理不尽でも当人の実力不足とされてしまう。

自己裁量で働けるように見せかけて過大な負担を要求し、「強制された自発性」でおいこまれていくのだそうです。つまり、「仕事受けたのはあんただから、キッチリ仕上げるのはあんたの責任だよ。キツくても、時間がどんなにかかってもこっちは知らないよ。自己責任だから。嫌だって言うんなら他の人に頼むからね。好きにして良いよ。」・・・ってかんじ。

飯を食うために勝ち組負け組関係無しに限界まで働かされることになります。

ひるがえって、今の自分。

かろうじて、生活できるだけの状態にはなっているのですが、やはりキツいです。データ量がいくら増えようが、仕事の内容に変化があろうが時給いくらと言う報酬には変わりがありません。仕事ではモニタ3枚パソコン2台を駆使して効率を上げようと工夫していますが、効率が上がっても給料は上がらず、時間拘束もけっこう体にこたえます。

他にも文句を言いたいことはいっぱいあるのですが、言ってみてどうなるものでもないと半ばあきらめている状態です。

で、自分に責任があると考えておとなしくしてるのが在宅ワーカーの特徴らしいです。

食っていけるのかって言うと、ウデがあれば食っていける。
あたりまえだけれど、その評価を誰がどうするのかは不透明。
逆に、在宅ワーカーがちゃんと仕事してるのか雇用主側からも不透明。
営業系の在宅ワーカーはノルマさえこなせばサボり放題なんだそうな。

ですので、自分も腕を磨かねばならないのですが・・・。
なんだか当たり前の結論ですね。

せめて、雇用主と対等にわたりあえるだけの実力と実績をつけなくちゃ。
厳しいけど、やっぱり当たり前・・・なのかなあ?

福祉的な要素を考えに入れる余地はないのかな?
睡眠不足でうつらうつらしながら考えてます。

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