カテゴリー: 統合失調症

特技にならない特技または依存症

昨日はデジカメの試し撮り以外は一日パソコンの前で読書してました。

この生活。病んでいるなあとしみじみ。
でも逆に、パソコンには苦痛を感じず、活字も苦にならない。
波はあるとはいえ、もう少し安定してくれば
何か出来るんじゃないかと希望が。

エネルギーの枯渇する速度は速いけど、
騙し騙し作業すれば人並みに仕事できるんじゃないかと思ったり。

なんにせよ、もう少し体力が必要ですが。
というより、ペース配分を考えて行動できるようにならないといけない。

全力の6割で巡航できるようにならなくてはいけません。
PSW実習の指導者もそのようなことをおっしゃっていたっけ。

一日をある程度コントロールされた生活にしないと。
ちょっとつまんないことでもあるのだけれど、
羽目を外すのはいざというときにとっといて・・・。

で、その上で底を徐々に上げていく。
全力稼動で人の170%位の力が出せれば、
普段はその60%で人並みに暮らせるようになる。

・・・無茶な話ではありますが、理屈上はそうなります。
現在の体力を1.7倍にすること・・・。

統合失調症を抱えて一般人と渡り合うには
そのくらいの困難があるということでもあります。

これを1.7倍も!と取るか、たった1.7倍と取るか。

やっぱり少し無理を感じるので、1.2倍あたりををまず目標に・・・。
ちょっと弱気。

パソコンを前に遊んでいる時間は
普通の人の1.7倍くらいあるかもしれない。
やっぱちょっと控えるべきか。
ストレングスととらえるべきか?

微妙な問題です。
PC依存症が病気なら、病気をもって病気を制する?

とりあえず午前3時を前にパソコンで遊んでるのはいけませんね。
自重しないと。

って、明日には忘れてるんだろうな。バカなわたし。

「波」について

私には調子の波がある。

元気のあるなしがわかりやすい。
また、攻撃性や妄想の出方にも波がある。

読書スピードや学習能力にも波がある。
作業スピード、仕事の遂行能力にも波がある。
体力的なものにもかなりの波がある。

気分の問題では片付かないくらいの波がある。
病気の一部と言うより生まれ付いてのものかもしれないと思う。

波の各所で自分は何者かを考える時、
波の位相の異なっている時の自分を考えて混乱する。

自分は何者なのか、不安定さを包含してとらえるということは、
他人への説明を極めて難しくする。

知らない人を紹介されたとき「波のある人です」では紹介にならない。
「どういう波ですか」と聞かれた時、過去の事例は語れるが、
将来への対策はとても難しいと思う。これから何が起きるかわかっていれば話は別だけど。

そのあたりが精神障碍のやっかいなところでもあるのだろう。

ここしばらく私は激しい波の中にいる。
午前と午後ですら調子が変わる。

人間は波があって当然とも考えられるけれども、
「仕事」に波があると許されない場合が多い。

波を安定化させることが良いことなのかはわからない。
生活上、問題があるかどうかがラインを引く基準になるわけだけれど、
何が生活に起こるのかあらかじめわかることはない。

ある種のパーソナリティ障碍と通じるものがあるかもしれない。

自分を腑分けする作業がまだまだ必要だ。
鏡として他人と対話するわけだけれども、その他人にも波はある。
了解するのは困難なことになるけれど、
どこかで基点を見つけないとならない。

基点を見つけるたびに壊されていく感覚があるのだが、
それがこの病気なのだろうか。

就職に当たっては、それでも、健常者に勝たねばならない。
自分の手持ちカードをもっと増やさなくては。

波間に沈んでも浮き上がれるように。

好調不調の境界上で

16年前。

私が統合失調症を発症したのはちょうど今頃の季節です。
陰性症状や認知障害はもっと早くに出ていた気がします。

大学の研究室で孤立し、卒論を自力で仕上げたあの頃。
実質、卒論2本分の労力を費やし、1本だけ公開しました。

金属加工の研究をしていました。
ひとつはAIを使った曲げ成形の工程設計プログラムについて。
もうひとつは弾塑性有限要素法による成形シミュレーション。

このふたつを基にして、さらに大きなことを目指していました。
それを現実の成形にリンクさせるために加工機械、すなわちロボットを作ろうとしていました。

今思えば、自分の能力を超えていました。
でも、もし、博士課程まで行っていたらひょっとしたら目的まで届いていたかもしれない。
(そう思うのはこの病気の妄想のせいなんですよね・・・)

しかし、精神力の限界を越えてしまいました。
もしも・・・と考えるのは慰めにもなりません・・・。

ひとりで下宿に居るときに陽性症状に襲われました。
今頃は、そんな季節です。

今日も一人でパソコンに向かう毎日。
幸い話し相手が居て、ネットの性質も昔とはだいぶ変わり、ストレスは軽減されています。

16年が過ぎ、新たな道をいまだに探り続けています。
本気で取り組んだものが無に帰したあの頃。
陰性症状による無為自閉が無かったら、今頃どうなっていたことか。
陰性症状のおかげで今生きていられるのかもしれません。
(自分で自分にケリをつける・・・それすらできない・・・)

ずいぶん遠回りしたものです。
まだ回り道の途中なのだと思うと、気が遠くなります。

当時はまだ新型の向精神薬は無い頃です。
私の体は薬に敏感であり、鈍感でもあります。
回復はゆっくりでした。

また、病識を正確に持つことは難しいことです。
自分が病気だと納得しても、どこがどのように病気なのかはいまだにつかみにくい。
分かったとしても、日々変化する体調についていくのに必死です。

それでも、それに適応するべく動いています。

カルテに書かれた「治療抵抗性」の文字。
それは、自分自身で道を切り開く必要性を告げています。

今は、慎重に。自分を整理して、使い物になる機能を選別する必要があります。
無理はできない。でも挑戦は続けねばならない。
低空飛行でも、地を這うことになっても・・・。

さあ、月曜日。今週は何が起きるのか?
一週間で何かひとつでも掴めたらと思います。
低く低く飛ぶための何か。もしくは地を這うための何かを。

あるいは休息して健康を掴み取るか。

就職の前に生活が、生活の前に医療が、ハードルは延々続きます。
時間は容赦なく流れていきます・・・。

アクティブに無計画に

活動的になるためにはある程度無計画さが必要だなあと思うことが増えてきました。

引越ししかり、転職しかり。
思い切って飛び込まないと、前には進まない。

で、こけたとして責任は自分に返ってくる。
そこだけ覚悟すれば、思い切った決断が可能になる。

アメリカの金融機関などの偉い人が高額の報酬を受けているのが批判されていましたが、こちとら低収入、生活保護スレスレの人間ですから、決断はもっと身軽に行ってもよさそうに思います。

・・・で、路頭に迷ったらどうしよう。

ワーカーさんにはやってみて失敗ならそれでも良いんじゃないかと言われました。
これから1年くらいで決断を下す機会がなんども訪れる予定です。

ベストは無理でもベターな選択を出来たらいいなと思います。
いろいろ外野から声が飛んできますが、
自分は自分の1回きりのチャンスを捕まえるために必死です。

後悔もするでしょうが、そこからいろいろ得ていきたいと思います。

協力者には感謝の念を忘れずに、謙虚かつ大胆にいきたいと思います。

  
 
 
 
なんか自分が熱を出しているみたいな感じです。
朦朧としながら最善を尽くすのは全くもって危険ですが、
まあ、仕方が無いかなと思います。

エネルギー切れと若干の鬱と

本が読めなくなってます。
疲れてるんだろうか?

机の周りに積み上げてるんですが、2ページ読んでは息切れし、
また2ページ読んでは山に戻し・・・というのを繰り返しています。

軽めの本を選んでるつもりなのだけれど、それでもつらい。

つらいなら読まなければいいじゃんと思うかもしれませんが、
私から読書を取り除くと残るものは少ないです。
いや、いっぱいほかにもあるんだろうけど・・・。
絵を描くとか。でも、そのエネルギーが湧いてこない。

本を読みたいと言う気持ちと読むのに疲れたと言う気持ちが
同時に沸き起こっています。それらの葛藤でさらにエネルギーを消費している。

ここしばらくの活動が活発過ぎたせいもあるかも。
いろいろ不意打ちをくらってもいるし。(不意打ちの詳細は略。)

やっぱり調子を崩しています。
発病当時の、「論文が読めない」状況を思い出します。

休まなくちゃ。

でも、休む方法が分からない。もう忘れている。
自分が調子のよくなることは何か・・・。

WRAPを教えてもらおうかな・・・。
・・・って、それだけの気力があれば本が読めるわけで。

やっぱり寝るのが一番かな。昼夜逆転していても。

最近、寝汗かいて起きることが多いです。
昼間寝てるのだから当然ではあるけれど、
これから自分に起こることに不安があるんだろうな。

しょうがないか・・・。
でも、自分で調子の悪いのが自覚できるようになったのは大きな進歩です。