カテゴリー: 統合失調症

前向き後ろ向き、傷口に塩

デパスを飲んで落ち着くのを待ってます。

自分はどこへ行くんだろう。

病気になって15年と半年。描いていた将来が崩れて消えて、その日を耐えるのに精一杯。

努力の方向も定まらず、迷走を続けいまだ足場は不確かで。

疲れても止まれない。止まったら息も止まる。

止まれないから周りが見えない。

すぐ目の前のことと、後悔の日々が後ろに残されていくのが見えるのみ。

みんな必死なのは分かるけど。取り残されてひとり。

なぜ、…。

病気に甘えてるのかな。たぶんそうだね。

デパスよ早く効いてくれ…。

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いつもバナーをクリックしてくれる方、ありがとうございます。

「体調がわるい」ということ。

精神障害者が「体調がわるい」というのと一般の人が「体調がわるい」というのは同じなのだろうかと考えてます。

「やる気が起きない」というのは「体調がわるい」うちに入れていいのでしょうか?
「眠くて起きられない」のも「体調がわるい」に入れていいのでしょうか?
「だるくて動けない」というのは?
「気分がわるい」というのは?
「なにをするのもおっくうだ」というのは?

いろんな段階のいろんな不調があるわけなのですが、統合失調症の再発を予感させるような調子の悪さというのが最近私にまとわりついてまして、「心気症」の一種なのかなとか考えたりもします。これを言葉で表現するのに「体調がわるい」の一言で片付けるのは、なんか勘違いを招きそうで不安です。

不安を感じるくらいだから、深刻ではないのかな?
仕事から逃げたいだけなのかな?

 
 
休日は一日ぐったりしてます。
さもないと、仕事に耐えられない。…気がする。
耐えられる日もあるから強く主張できないのだけど。

やりたいことは山ほどあるのにな。
薬が強すぎるのかな?
わりと薬には鈍感な体なのでそうも思えないけど…。

普通の会社では「体調がわるい」程度では休ませてくれないよなあ。
疲労感がぜんぜん抜けなくて、動ける時も「とりあえずやることをやる」レベルでしか働けない。
業務を改善すべきところに手を入れてかないと行き詰るのが見えているのに、なにもできない。

新しい仕事が月曜から待っている。
考えただけで「体調がわるい」状態に陥るのだけど、一般的には甘えだよなあ。

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前に書いたページを読み返してみたら、まるっきり前進してなくてがっかり。
http://www.neruko.com/blog/?p=255
もう、アタマ固くなってしまったんだろうな。

当事者のことば

今日は社会学の教科書をひっくり返してたのですが、やはり他の本へ逃避。
「心が病むとき 心が癒えるとき」 古川奈都子 編著

いろんなひとの原稿が集められていて「ごった煮」という感じでした。
精神病者ひとりひとりが異なった存在であるということだからなのだろうけど、
読んでくと頭のスイッチを切り替えるのがちょっと大変。

確かに当事者の声をひろって、生に近い形で集めたのはやりかたとしていいと思う。私も自分の職場の広報誌つくるときは、できるだけ原稿そのままの形を保とうと考えるし。
 
 

で、ここから何を考えていこうかと思うと困ってしまう。
病者の存在を示すことはできたわけなのだけども。

精神病を患っても普通に暮らせるようにする…。
でも、普通に暮らすって言うのは健常者でも苦悩に満ちた毎日を送っているわけだから、同じように苦悩していきたいということなのかな?あたりまえの苦労をする生活…。うーん。どこかでぐるぐるまわってる。

個別に見ていくしかないんだろうな。一般化できないんだ。きっと。
そこをわかったうえで声を合わせていくってのは困難だろうな。
障害者同士の対立も起こってくるんだろうな。

まだまだ考えなくちゃ。

「生きがいについて」を読んでいきがってみる

試験勉強から逃避しながら「生きがいについて」を読みました。

神谷美恵子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%B0%B7%E7%BE%8E%E6%81%B5%E5%AD%90

精神障害者の差別を考える上で、やはり差別されていた「らい」を患う人たちのことを考えるんだけど、そんな方々の施設で活動した精神科医の著した本。有名なので説明はいりませんね。

病気や障害を背負っていても、いなくても、世界に対しての肯定的なあきらめというかある種の宗教がかったこころの持ちようがありますよ…という本。いえ、宗教に限らずなんらかの心理的スタンスのとりかたがあるみたいな。

統合失調症の当事者の私としましては、自分の考えることは妄想が多分に混入するという自覚の下にいろいろ考えてますので「生きがい」とか思いついてもこりゃなんかまた脱線しはじめてるなとブレーキをかけてしまいます。この本の後半に向かっての宗教的な色が強いおはなしなんかは特に私には到達できないところです。

神様関係はちょっと気をつけないと。なにかに夢中になってこれって「生きがい」?とか舞い上がりはじめるようだと薬の調整したほうがいいかな?と考えます。神様の意図を感じ始めたりとかね。逆に「自分には生きる価値がない」とか「すべて意味なんてない」とか沈んできてもやっぱり薬の調整ですが。

でも、逆境において「生きがい」を感じることによって自分を保っていくという感覚はわかるような気もします。実際、こうやってblogでごちゃごちゃ書き散らすのもそのうちのひとつでしょうし。
 
 

これから精神科病院から地域へ障害者が帰ってくる時代が来る予定です。
なかなか仕事も見つからず、生活していくのも手助けが必要で苦しい日々を送る方が私を含めたくさん発生するでしょう。そんななかで各々の価値をみつけてなんとか生きていかなくちゃならない。生きているだけで価値があることを現在の社会で主張するのはまだまだ困難が伴います。健常者でさえ貧困にあえいでいるのに…。

この本はすばらしい。

はずなんだけど、実際食っていくにはどうしたらいいのかがみつからない。
みつけなくちゃいけないんだけど。

日本国内だけじゃなくて海外へも目を向けると、なおさら深刻。

そんな絶望的な中でも生きがいをもって生きていく…。
すばらしい本だけど…。

霞食って生きてくわけにもいかないし。どうしよう。

ああ、試験勉強しないと。おもいっきりモチベーション低下しましたけど…。

「精神障害を乗り越えて」どこへ行こう…。

社会で活躍する先輩たちの体験記というのは時にたのもしく、時にうらやましく、時に…、、、読むたびに感じ方が変わります。

きょう、現在、私が思うのは、無理しないと仕事が続かない状態をどう周りに分かってもらうのか、という点です。ここ数日調子を崩している私なんですが、周囲との関係で仕事進めなくちゃならないからフォローは入るけど、理解はされていないということを強く感じます。

精神障害者は「信頼」され難いものなのだというのを実感してます。
今いる場所は悪くはないけれど、次が見えてこない。
だから焦ってくるし、不安もつのる。

社会全体が厳しいから、希望が持てない。
…という、呪縛にとらわれて毎日を不安に過ごしてます。
本当に厳しいのか?かなり甘いんじゃないか?自分の責任を回避してないか…?

弱点見つけるとすかさず攻撃してくる人ばかり。
善意をもっての攻撃は攻撃者本人にはわかんないんだろうな。
そこらへんわかれとも言えないし。

この本の著者もそのへん気づいてるみたい。
むずかしいです。