科目修了試験が終わり、ひと区切り、そして。

二年半の緊張した生活をやっと切り替えられます。
仕事と勉強を両立させるのが目標でしたが、
いろいろあってそれはかないませんでした。
しごと辞めてしまいました。

3年前の9月ころ科目等履修生として学校に入り、単位を取得。
2年前の4月にそれを昔の大学生時代の単位と合わせて4年次に編入学。

入って1年で資格が取れると思っていたら大間違い。
資格に必要な科目の履修のためには前年度中に選考試験に合格し、ボランティア体験をした上、実習施設を見つけておかなければならなかったのです。このあたり毎年やり方が変わるらしく、今後挑戦しようとする人は事前の調査が必要です。

課題をこなして、去年の6月にスクーリング。クラスの皆さんと初顔合わせ。皆さん社会の第一線で働く人ばかり。そんな中、当事者としてどんなPSWが望ましいかを突然スピーチさせられて、冷や汗をかきました。

8月から9月にかけて実習に精神科病院へ。
作成した書類は結構な量になりました。毎日午前2時3時まで報告書を書く生活が4週間。

休息できる精神状態に持っていくことができなくて、再発ギリギリでの綱渡りでした。
かかりつけの病院では休息入院をすすめられましたが、強引に突破しました。

試験対策を始められたのは10月頃から。
体調は滅茶苦茶でした。

そんななか、何回か関連する授業を受けに
はるばる片道3時間電車に揺られてスクーリングに行ったり。

模擬試験を何回か受けて、12月にもう一度実習についてスクーリング。
実習の発表会です。

そして1月末に国家試験。

で、きょうの試験であとは国家試験も含めて結果の発表をもっておしまいです。

いろいろありましたが、漠然とした夢は現実になりそうです。

しかし二年半で足元は崩れ去りました。

来週には新しい足場を探しに遠征です。
周囲は今後の計画を知って再発を懸念しています。もっともです。

そんななかいろいろ雑音を拾ってきました、
それらもすべてを生かして次へ進みます。

まだ、お礼を言える段階ではありません。

現在、再発の兆候もあります。ここ数日のブログがいい証拠です。
被害感情が止まらなくなるのは、自我が壊れかけてるからです。

いまから、全世界との戦争です。
盗聴器を探さなくてはなりません。カベにはピンホールカメラが。
道行く人が自分のことを噂し、
ネット上では自分の個人情報が裏で流されて嘲笑されている。
見えない敵と戦い続ける・・・。

そんななかで平静を保って、PSWになる。
精神障碍者のノーマライゼーションを語る人は何を思うでしょうか?
偏見や不信、差別・・・それらを無くすことは単純に問題の解決になりません。

この先の道の険しさは15年の病歴から想像できます。
いままでの道のりよりずっと険しいでしょう。
想像を上回るのは間違いありません。
私の想像のおよぶ範囲はたいしたことがない。

『「クレタ人がクレタ人はうそつきだと言った」さてクレタ人は正直か?うそつきか?』

そんなクレタ人に失礼なパラドックスがあるそうです。

それをもとにこんな風に思います。
「私は誠実に不誠実な自分を見つめて行きたい。」と。
そして「責任を持って無責任な自分に対処したい。」と。

とりあえず休息です。
私は疲れました。
勉強にも、生きることにも。

休んで、また勉強です。そして生きていきます。
その必要があるのかどうかまったくわからないのですが。

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