「読書進化論」を読んで進化できたか?

著者が読みにくるかもしれないという恐怖の中で一筆。検索の威力は恐いからなあ。

この本から伝わってきたのは「本をもっと読め、読んだらなんか書け」と一言で終わってしまうような…。
本の売り方についても触れられてるけど、みんながこれやりだしたら混乱を招くだろうな。詳細がいまひとつなのは新書だからこんなもんか?

webと有機的につながった読み方はこれから模索しないといけないけど、乱立するblogの中でなんか書いて出版までこぎつけるなんてのは相当目立つことしないといけないような。事件性か、新奇性か。いろんなところとからんでこんがらがったのを本にするのはどうすればいいんだろね。各所に散在する発言をからめてまとめあげるのは難しいと思う。

書き散らかしてるだけじゃ、もうからないよということは確かだ。

でも、私は書き散らかす。そのうちどうにかなるだろうさ。

 
 
 
 
アモバンの効きが悪くなってきた。眠れない。
デパスの併用も効果なし。
今度の受診の時サイレースもらってこようかな。

ああ、夜が明けた。現在2008年11月10日 7時22分。
また憂鬱な一日が始まるのか。
今日は書類をかたづけたら、課題をやっつけなきゃ。

たぶん、日が高くなる頃眠くなる。
矯正しなくちゃいけないけど、あまり気乗りがしない。
困ったものです。本気で困っていないのが困ったものです。

手ごわい…

あいかわらず不調です。眠気と疲れと闘っています。

今日は社会学を勉強してます。
問題を解き解きすごしています。
添削課題で人名を問うてくるんだけど、調べようとすると索引に載ってない…。
教科書ていねいに読むのがばからしくなってくる。
ネットで検索しろってことかな?

いや、実力がついてないからこうなるのだけど。

勉強ってこんなにつらかったっけかな。
自分の能力が低下してるんだろうな。

一歩一歩行くしかない。
わかってはいるけど難しい。

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追記(2008/11/9 23:51)
なんとか社会学の添削課題はクリア。
次は医療福祉論。法改正が激しい分野なので気をつけないと。
今週は提出しなくちゃならない書類があるので忘れないようにそっちにも気を使って。
できることからやらなくちゃ…。

UPSOLDのクリップアート

いつもTシャツを商品化してくれるUPSOLDさん。

UPSOLDでクリップアートを使うと手軽に自分の好きなデザインの商品が作れます…ってことなんだけど、クリップアートとして絵を登録しておいたら使ってくれる方がいらっしゃいましたので、さらに絵の部品を追加登録しておきました。

しかし…。なかなか承認が下りない。一週間くらい放置されてます。ちゃんと見てくれてるのかなあ?
以前に登録した時はもうちょっと早く承認された記憶があるのだけれど。

新着デザイン紹介もTシャツのタブのあたりしか更新されてないみたいだし。
新システムへの切り替えで忙しいのかな?
でも、せっかくせっせとデザインしてるユーザーをほったらかしにしないでほしいな。

UPSOLD
UPSOLD

精神障害者のセルフヘルプ-グループと専門職の支援

勢いで読破。
作業所を離れ、これからどうしようか考えていく中での一冊。
たまたま大学のスクーリング時に生協で販売してたものです。

統合失調症の当事者である私にとって有益だったか?というと、素直にうなずけない。
まだまだいろんな研究に触れてみないと何に注目すべきなのかわからない。
カナダでのシステムを参考にしていくのもこの本だけでは詳細が分からなかったので今後調べていかないとならないかも。

思うに、当事者もいろいろ、援助者もいろいろで、いろんなものが並立している状態から自分の気に入ったものが選べればいいのだけれど、福祉サービスを選択できるようになるのはまだまだこれからだと思うし、「サービスを受ける」といった段階で「ユーザーと援助者」の立場の違いが発生し、たとえ援助者側が当事者であっても何らかの指示的な関係は発生するだろう。その援助者からの提案や助言が病的な状態にある当事者には脅威に感じられることは予想され、ただ、セルフヘルプだからOKということにはならないだろうなと思います。救急時には特に。たとえば移送の段階での問題をセルフヘルプグループの介入(?)でスムーズにできるものなのか知りたいところです。

自助グループの形成は「自助グループの外と内」を作ることでもあるから、医療から行政、ボランティアなど含めて自助で構成されたものを作る…のは無茶かな。閉じられたグループと開放されたグループのかたちの違いなども考えどころか。

いろいろ考えたけど、まだ私の手に余る。
ただ、精神障害者だけを考えているのではない仕組みが必要なんだろうな。
障害者だけでなく生活するすべてのひとの強制でないつながり。
その上での同質の問題を持つものの集まり。

「ボランティア」ってのは私はなんか違うのではないか?と思ってしまうあたり私は病的なものを持ってるのかなと思ってみたり。なんなのかわからないけど違和感がある。なんなんだろう?

ひとのつながりを、まとめることと、ひろげること。相反するかなあ?まとまりがひろがって全部がひとつにまとまっちゃったらなんか気味悪いしなあ。細かい集まりが無数にあってゆるく連帯してるのがいいのかなあ?でも、それも頼りないような気がするし…。マキャベリが権力に関してなんかこんなのに関係したこと書いてた覚えがうっすらとあるけどなんだっけかな?

2001年の本だからその後なんか進展もしてるだろうから、またこんな感じの書籍があったら読んでみよう。

 
 

ああ、…教科書読まずに逃避してる場合ではないのに…。
試験は近づいてる。

「人間嫌い」のルール

2007年7月刊行。一年以上私に見つけられなかった本なのか。
あるいは書店で目を背けようとしてきたのか。
仕事を休職して余裕ができてはじめて読めた。

内容は「ひとを<嫌う>ということ」と同様かな?
他人に期待せず、他人に期待されず。
互いに余計な干渉をしないでしたいことをして生きていきましょう。

自分を振り返るに、たとえばこのblog。アクセス数が気になるものの、本来、見たい人が見ればいいし、自分の書きたいことさえ書けばいい。広告貼るようになってPV気にするようになったけど本末転倒なんだな。もっと自分のやりたいようにやろうと思ったり。

今までもだいぶ好き勝手に書き散らかしてきたけど、それでいいんだ。

ここに何書いてもほとんどの人には関係ないし、関係してても痛くもかゆくもないだろうから。そんなことを表明すると逆の感情の発露と捉えられそうだけど、しょせん日記の類だしあまり気負うこともなく。自分にとって重大なことに集中していればいいわけですっきりしてていいかな。

そんな感じの本でした。

教科書読まなくちゃならないのに何やってんだろう…。