【PSW】仮の採点結果

大学から国家試験の仮の採点結果が送られてきました。

第11回精神保健福祉士国家試験

科目 点数
社会福祉原論 7
社会保障論 6
公的扶助論 5
地域福祉論 6
心理学 8
社会学 5
法学 6
医学一般 4
精神医学 4
精神保健学 8
精神科リハビリテーション学 7
精神保健福祉論 14
精神保健援助技術 24
合計 104
全160問中 104問正解
正答率 65%

日本精神保健福祉士会の正答例に基づいているそうです

私の2年半の集大成です。

このブログにさんざん書き込んできましたが、自分でした採点結果と一致。
ひとまず落ち着けそうです。

今回の試験は出題傾向が変わり、難易度が高かったと言う話もある中で、自分としては満足のいく結果だったと思います。

試験に合格することだけが目標ではありません。

ここからです。
自立支援法の改正などもあります。
医学も福祉の考え方も発展します。
常に勉強が必要です。

ただ試験に合格しただけにとどまらないよう努力したいと思います。
 

とりあえず明日(2009/02/08)試験がひとつあります。
片付けたらば正式発表を待たず次の行動に移ります。

居所を大きく変え、職を探します。
病院の変更など環境の変化もありますので再発には注意して自分の可能性に挑戦します。思い切って、大きく動きます。

病気と共存しながらでも、ここまでこれたことは大きな自信につながると思います。世間の厳しさに耐えるだけの力を発揮できるよう最善を尽くします。


こうやって自分の試験結果を公開するのは、不振に終わった方を傷つけるから止めたほうがいいのでしょうか?散歩したことを書けば散歩できない人を傷つけるから書くべきではないとか、きょうのご飯はおいしかったと書けば、流動食しか口にできない人を考えろとか。極端なたとえですがそんな空気にさらされています。何も書けなくなる日がいつかくるのでしょうか?何もかけなくなるのは嫌です。しかし、書いたことに対しての苦言は受けるつもりです。また、「読みたくないものは、読まない」と言う態度は最終的にどんな結果を生むでしょう?不特定多数が読むところでの発言には注意すべきだと言うならば、何も書けなくなります。解決案を探ろうと、話し合いに移ろうと思えば「この件はこれで終わりにしましょう」。そしてだれも私のブログに来なくなるのでしょう。

ブログだけが生活のすべてではないし、忙しい人は読む時間を作るだけでも精一杯でしょう。そんな方に強制的に書いてもらう気もありません。議論の嫌な人もいるでしょう。クレームが入ったりもしますが、すべての読者を満足させることはできません。書きたいことを書く。すると読む人がいなくなる。自業自得なのでしょうか。

試験の正式な結果がでたら、受験日記的要素がこのブログから消え、他の形に変わるでしょう。根本的なところでブログを書く意味、読む意味を考え直さないといけないと思っています。

おおげさですが、読者に配慮するのをやめようかと思ったりもします。
PSW失格かもしれないけれど。でも仕事とはキッチリ区別して。
ご意見無用で突っ走る。それもひとつの形かと。

配慮したところで、何を書いても他人を傷つけるのだから。
ヤマアラシのジレンマで不自由な思いをするのは覚悟の上で。

まだ、結論は出しません。しばらく考えます。
怒りとも違う、憤りに近いものを感じながら。
各所コメント欄でこれで終わりにしましょうとされたけど・・・。
納得できないものを納得したふりをするのも不自然だし、
心の底からの怒りの持って行き場もない。

要は自分がまだ子供だってことか?
わからないことにわかると答えて立ち往生。
情けない。

4 comments

  1. まずは、PSW合格(仮にでも…)おめでとうございます。
    でも、これからですよね、難問は。

    試験の結果を公表するのは別にかまわないと思いますよ。

    でも「これで終わりにしましょう」と書いた私に怒りの矛先が向いたのを感じました。
    「憤り」も私に対してですよね?
    深く傷ついたと同時に、悲しいです。←これだけは言わせてください。
    いつまでもあの方にこだわって余計なエネルギーを消耗するより、
    目の前にある生活や、これからのお仕事のほうにその力を振り向けていただきたいと
    思っただけなのに…
    「小さな親切、大きなお世話」とは、このことですね…反省。
    最初から何もコメントしなければ良かったのです。
    すみませんでした、余計なこと言って。
    私は、あささんのことをどうこう言える立場ではないのに出すぎたまねをしました。
    誰が何を書こうと、あささんの怒りはおさまらないのですよね。
    ご自分のブログですのでお好きになさってください。
    「自分に正直」、それが精神衛生上いちばんいいことですから。

  2. サワラ says:

    こんにちは。

    試験結果が出て、一段落つかれたようでなによりです。お疲れ様です。

    上の方はあのように書いていらっしゃいますが、今日の記事はあたしに向けられて書かれたものと理解しています。そんなつもりはなかったのですが、結果はこんなにまであささんを悩ませるようなことになってしまい、申し訳ありませんでした。今後はコメントは書きません。このコメントで最後にします。あたしこそが、出すぎたまねをしたと、反省しています。

    大切な時期に、本当に申し訳ありませんでした。

  3. あさ says:

    >ちえぴょん さん
    ありがとうございます

    >サワラ さん
    ありがとうございます

    失礼とは思いますがまとめてお答えします。

    お二方とも私のことを考えてくださっているのはわかります。
    でも私のことを理解なさっていただけなかったことは残念です。

    怒りに対して歯止めが利かなくなっている私が悪いのです。
    ただ、あの人とあれだけ必死にコメントをやり取りしても
    有効な介入をしていただけなかったことにも
    怒りを感じているのではないかと思っています。

    見殺しにされている感覚とでも言えばいいのか・・・。

    事後になってはなんとでも言えますが、
    ネットの世界では結局「逃げる」のが得策なのですね。

    日常生活の一部として自然体でブログに接しているお二方が正しくて、
    いろいろ真剣に考えすぎている私のほうが悪いのです。

    お二方はいいのです。悪くありません私にコメントを残し、助言を与えてくださいました。
    それについては深く感謝していますありがとうございました。
    本当の怒りの矛先はどこに向いているかはお二人とも勘違いなさっているようです。
    あえて言いません。沈黙が罪になることもあるのではないかとだけ書いて置きます。

    お二人にご不快な思いをさせてすいませんでした。
    私の頭が冷静になった頃またコメントいただけると、
    違った方向性でお話が出来ると思います。
    しばらくコメントをいただくことは控えることにして、落ち着いた頃、
    またアプローチをかけていただければと思います。

    かんしゃく起こした子供に何を言っても聞かないように、
    怒りの収まらないところにお声をいただいてしまったのが悪いのだと思います。

    矛盾しています。その場で介入しろと言いつつ、落ち着くのを待て、と。

    今回は仕方がありません。
    残念ですが、これ以上議論は深まらないでしょう。

    冷却期間を置きましょう。
    私も精神障害を持ち、心が不安定なところは自覚しています。
    統合失調症の「波」も今回、関係していると思います。
    普通なら気にならないことが気にかかる・・・。病気です。

    私が落ち着くのを待ってください。書く内容からわかると思います。
    落ち着こうと思って落ち着けるほどの自己コントロール力はまだありません。
    なににしろ考えてしまうのです。みっともないくらいに。
    PSWとしては失格ですが。

    >最初から何もコメントしなければ良かったのです。

    >今後はコメントは書きません。このコメントで最後にします。

    この両者のことばは文面上柔らかいとはいえ「暴力」だとも思います。
    でも、私が悪いのですから心に刻んでおきます。
    自分がそれに値することをしたと言う事実を自覚し、
    そして自分も暴力をふるうことのないように。

    私は揺れています。
    揺れ具合を見計らって再度コメントいただければと思います。いただけると期待はしませんが。
    誠実なコメントには誠実に考えます。ただし、同意するとは限らないのです。
    私は何にしろバカ正直なんです。だから「あの人」のような方にも向き合ってしまうのです。
    誰も悪くはありません。私が不器用なだけです。  

    お二方とも私に親切に関わっていただいたにもかかわらず、こんなことになってしまい申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます。

    ゆうべは眠れませんでした。夜が明けてから仮眠を軽く取って、考えていました。
     
     

    ・・・今から試験です・・・。落としても卒業できる科目だったのが救いです。

  4. あさ says:

    ふと、おもった。

    仲違いできる人生って、実は豊かなものなのじゃないかと。

    困らされることも、悩むことのできることも、実は喜びの一部じゃないかと。

    苦しいけど。順調にトラブっている・・・。

    人に不快な思いをさせることは生活上避けられないけれど、それに対処することが自分の病気との闘いでもある。

    精神障害は人間と人間との間の障害なのだから。

    私は障害者であることをよく自覚しなければいけない。

    もう接することのなくなるかもしれない人とも、

    何か意味があってそうなったと反省しよう。

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