カテゴリー: 統合失調症

10年前の記事にコメントついた

それなりに読んでる方がいるんだね。
昔の記事はこれだけ書いていると何書いたか忘れてるのも多い。
でも、その時の節目の記事だったので思い出深い。

今はもう、生きていくのに精一杯でブログはあまり時間割けないけれど、
近いうちにhttps化含めていっぺん手を入れないといけないかなと思っている。

その余裕が作れるといいのだが。

様々な思惑が渦巻く中、
今日も書いてますよ。

もっと内容考えないといけないと思いつつ、
しかし、書きたいように書くことを大事にしつつ。

きもちわるい

また胃が荒れて嘔気が。

某所で褒め殺しにあってカウンター入れて…。
そんな中、通院して、銀行行って…。
くたびれた。

そして今日は講習会に出ないと。
明後日また通院。
その次は神戸へ。

寿命縮む。

って、生き物みんな毎日寿命縮むんだけどね。

どうでもいいか。

いい感じに仕上がってきた…っとぉ!見せかけて!!

アプリ。
まだまだ詰めが甘い!!

入らないデータをどうするのか?本番環境では入るかもしれない。
環境によって挙動が変わるのがわかっているので、早めに本番環境に移行しなければ。

そうすると、クライアントの目が届くということになるので、見栄えを整えねば。
CSSでちゃっちゃと飾り付け。
画面数が多く、遷移もあっちゃこっちゃしてるので、構成ファイルも多く、手がかかる。
ちょいと持久戦気味。ブラウザ依存おきませんように・・・。

今日は散髪に行って、お出かけの準備もしなければならない。
今週通院2回。来週通院2回。再来週もう1回通院。だっけかな?
そのうちにCTとMRIが含まれて・・・と。
でお役所に1回行って、土曜日は神戸の方に行ってきて、えーとそれから・・・。

とかく忙しい。
やんやんも忙しくなってきている。
色々な付き合いがある模様。

ええと、それからそれから、ボランティア仕事で書類を作っといたやつ稟議通さないといけない。
一連が終わった月後半にはボランティア2連発か?
重要書類になると逃げる人間が出てくるのでこっちも戸惑う。

何が何やら・・・。頭の中で整理できていないので、どうなることか。

週後半には下痢が酷くなる予定。ロペミンで止めてやろう。今度は。

しかし、無難にデザインがまとまると気分がいい。
あくまでも、無難にであって、素晴らしいデザインにならないのが自分の限界。

機能的にはもうひとやまかふたやまでリリースできるかなあ?
リテークどのくらい食らうかなあ?

お客様次第なのでした。うわ。怖い。

AIの進歩と人類のフレイルティ

AIの進歩はとどまるところを知りません。
そのうち人間がなんの判断もなしに全てが片付いてしまう社会が来たとしたら、
人間自身は退化していくのでしょうか?

現に、ワープロの普及で漢字が書けなくなってたりとかしませんか?
ちょっとした計算ができなくなったりしてませんか?

すでに人類の衰弱は始まっているのでしょう。

で、AIが十分に賢いとするなら。

人間に対して、課題をぶつけてそれを克服せざるを得なくするような
リハビリテーションを行うようになるかもしれません。

人類の克服しなければならない課題・・・例えば、戦争。
AIの普及で仮に戦争する必要なく皆が豊かになったらば・・・。
争いごとに対する課題解決力がなくなってしまう。

紛争解決力が人類の能力として必要ならば、AIは戦争を仕組んで人類同士で解決させようとするかもしれない。
そんな気もするのです。

人間の喜びが自己実現であるとするならば・・・。
なんらかの困難を乗り越えて目的を達成しようとすることになるわけですが、
AIが人類を大きく超えて行くとしたら、
困難はバシバシ解決されてしまう。

立ち向かう困難がなくなった時、人類はどんな生物になるのでしょうか?
生物多様性を尊重してくれるAIが存在したとしたら、なんらかの方法で人間を飼育するでしょうか?
と、すると、人間を人間たらしめる苦難を乗り越える力を保全すべく、
AIは困難を、例えば戦争を準備するかもしれない・・・・。

人間とAIの戦いではありません。
人間同士の戦いをAIが仕組むのでしょうか?

人間という生物種のリハビリのために。

これはマジでやらなきゃならないという命がけの事案が、
AIによって次々仕込まれていくのかもしれないという・・・。

人間のQOLが何によって作り出されるのか?
人によってまちまちであり、当然、ヤクザな人間も多いわけで。
賢いAIはきっと、なんか困難を用意してくれるんではないかと。

杞憂?

ゲームとかでは済まない、実存が脅かされる状況で初めて出現する人間性もあります。
AIがそれを仕掛けてくる。
その難問を解き続ける人間たち。
そんな構図が将来は待っているのかもしれません。

と、いうことを生命倫理系の本を読んでて思いました。
この本に出てくる、糖尿病のじいちゃんに、生きがいのあんぱんを買わせるべきかどうかを介護者が決めていいのかという、
些細な問題から、戦争まで話を振って、AIからめただけなんですけれど。

フレイルってこんなやつ。
国の介護施作でも考えられてる。

とりあえず人間は苦悩から逃れることはできない。
苦悩してなんぼ。そんな気がするんで書いてみたけど、伝わったかどうか。
どうでもいいんだけど。

人類みんな介護対象。
人類みんな障害者。

そんな確信が強まった今日でした。