カテゴリー: 生活

脳腫瘍の次・・・

アカさまのためにも次に進まねばならない。

まずは肺に1個ある腫瘍を叩かねばならない。
さらには全身に散っていると思われる腎がん細胞を押さえ込まねばならない。

どういう作戦で行くかは主治医との相談となるのだが、分子標的薬治療が本命視されている。
しかし、これが経済的にかなりキツい治療になると見られている。
薬種を変えるたびに入院して副作用をチェックせねばならない。
しかも薬価は限度額を使い切る高額さだ。
それが死ぬまで続く。腎癌は20年後の再発があり得るから・・・。

薬は新薬が次々開発されるが、がん細胞は次々耐性を獲得するらしい。
追いかけっこが続くことになる。

ワクチン療法はまだ発展段階だ。
期待はできるが、まだ期待どまりなのが現状だ。
アレをあおったマスコミは少し軽率に思われる。

今まで以上に経済的社会復帰を念頭に活動せねばならない。
体が万全でなく、制約も多く・・・。

それでも、乗り越えるべく動いて行く。
統合失調症の制御とともに。

次の山は大きい。
 
 
越えざるを得ない以上、越えるべく全力を尽くすまでだ。
まったく濃い生活になりそうだと思う。力尽きぬよう、精一杯行きたいものなんだけれど、

 
 
どーするかね、これ。まったくまいったね、もう。

友人来訪

朝方友人K君から電話。彼も大病を克服した人なので頼もしかったです。
厳しい仕事の中、励ましてくれました。

そしてシバさんとまっちゃんが遠方から家に来てくれました。
ありがとう。

いろいろ話をしたけれど、
みんな頑張ってる。

残る桜も・・・
残る桜も・・・

苦労してる中で元気づけようとしてくれてありがとう。

こちらには良い材料はあまりないけれど、少なくともみんなから力をいただきました。

さあ、明日は入院です。

死は平等にやってくる

どのような経過をたどるかを別にして。

経過を精一杯充実したものにするために何とかしなくては。

苦しくて仕方ないけどね。

どこまででも後ろ向きになれる自信はあるが、
前向きになるのは難しい。

あえてボケ倒して残りを過ごすかねぇ。
それとも何か生産できるんか?
残りを使ってなにか残していくのか?

長くなるのか
短くなるのかわからないけれど、

濃い時間を過ごしたいものです。

気づけば死にたがりグセが消えている

まあね、いつも死にたかった自分にしては大したもんだ。
生きる苦しみに直面しようとしているようだ。

ずっと、直面し続けてあがいてきたとも言えるのだけれども。

生きるために。

自分に課した課題は大きいぞ。
生き残っても、まだまだ戦いは続く。
リハビリも、生活も、家族と歩む責務もある。

手術後が勝負なのだろう。
さて、どのくらいの能力が残されるのか?
執刀医のウデにかかっている。

最善を尽くすってだけじゃきかない何かがある。

このストレス下でも統合失調症のコントロールはできている。
自分が枯れてきていたんだと実感している。

決して喜ぶべきことではないけれど、そのせいで何かが変わった。
次はそれをどう使うかなのだろうか?

さて、術後、どれだけのことができうるであろうか?
気負わずにできることをやれればいいと思い始めている。