カテゴリー: 統合失調症

余裕

親友M氏の仕事先でなにやら起きたとの伝えが。

仕事が厳しい状況で心理的に追い詰められたものが病院へ・・・ということらしい。

業績が上がらないことが個人の責任になったのだろうか?
会社というのはなんで集団で仕事をするのだろう?

個人の力量に頼りすぎる集団というのは脆いものではないのだろうか?
システムとしての安全度が低い状態で利益を上げる効率を高める・・・。

もう、社会はサスティナブルなものを志向しても良いのではないか?
システムとしてのロバスト性を高めないと危険ではないだろうか?

先史時代の生活から学べることも大きいのではないかとも思う。
宅配ピザなどが無くても生活はできるはずで・・・。

ただ、科学技術(医学含め)は人間に幸せをもたらす面も大きいわけで、
手放すことのできるものではない。

でも、今の社会が変革されなければならないことは明らかで、
みんなが気付いているけれど、どうしようもなくなっている。

疑われるべき「常識」がまかりとおっている気がする。

科学や哲学の問題を止揚できる力が自分にあればと思うが、
それって私の場合「統合失調症の妄想」になってしまうわけで・・・。

「健常者」になんとかしてもらいたいところです。

まとまらないけれど、なんか切ないものがあります。


追記

上の文章は明らかに私の病気の症状が出ているときの文章です。
私の調子の悪いときの「不安感」や「なにかに気づいた感(?)」が出ています。
薬を飲んで休息すると、我に返って「なんだこりゃ?」となるわけです。
今回のストレス源はわかっていますが、大抵ストレス源は複数あり、
いくつものことを一度に抱え込むと悪化するようです。

自戒をこめて消さずに残しておきます。

傷病手当金についての備忘録

あくまでも自分のための今後やることについての備忘録です。
以下の記述を根拠に何かして、不都合が起きても責任は持てません。
そのくらいややこしく感じています。

現在私は前に勤めていたところに健康保険の籍が残っています。
保険料も納めています。
そこの保険証を使って医療を受けています。

で、就業不能な状態ということで傷病手当金を「協会けんぽ」より支給してもらっています。

傷病手当金をもらうためには、
1.本人の申し立てと、
2.就業先の就労状況の証明と、
3.医師の就労不可能の証明が必要になります。

で、5月に引っ越しを敢行したわけです。

5月9日に新しいクリニックに初診ということで、3の証明について、
5月8日までは以前の病院の医師による証明が必要で、
5月9日以降は新しいクリニックの証明が必要になります。

傷病手当金は退職後、いったん空白期間が生じると支給が停止し、以降の支給も認められなくなりますので、5月分の申請で穴を開けないように気をつけなければなりません。もらい続けることができれば、退職したとしても、もらい始めてから1年半は受給が可能です。

で、協会けんぽから申請用紙をダウンロードして印刷。

まず、以前の病院に申請用紙と返信用封筒、保険証のコピー、新しい自立支援医療の申請書のコピーを送付、診療日数0日でもいいので5月1日から5月8日の分まで就労不能の証明を出してもらいます。料金は出来上がったら振り込みです。(振込み手数料の方が高い可能性あり。なんてこった。)郵送で受け付けてくれるかどうかは病院の方針によって異なるようです。

その後、その申請書を籍のある前の職場に送り、就労していないことを証明してもらいます。5月1日から5月31日までの証明になりますので、これは6月に入ってからの手続きになります。

並行して、現在通うことになったクリニックに就労不能の証明を5月9日から5月31日の分まで証明してもらいます。(証明してくれるかどうかはわかりませんが)

そして、自分の申し立てを合わせて、A4の様式3枚を協会けんぽに提出することになります。

6月分からは自分の申し立てと、医師の診断証明だけでOKとなるはずです。

傷病手当金と関連して、あと、心配なのは健康保険を任意継続にするかどうか。そしてするとしたらどんな申請が必要か。メリットとデメリットは?このあたりはこれから調べないとなりません。

大阪での就労に向かって、動き始めようとしているのですが、就労支援の窓口の機関の対応がいまひとつ鈍く、面談のアポイントを取るのも一苦労といった状態です。

焦っちゃいけないけれど、自分の立場があやふやなので不安です。
立場が定まると、その立場に対して不安になるのでずっと不安は続くのですが・・・。

でも、こういう手続きをこなしていくのがPSWの仕事の一部かなとも思ってます。
勉強する気でがんばります。

・・・というか、生活がかかってます。必死です。
症状がさらに悪化しそうです・・・。


追記
自分の病状を考えるとき、傷病手当金をもらうのは妥当なのか?と考えます。
統合失調症には病識がない・・・と言われますが、私は病気なのか健康なのか?

統合失調症は治るということはありません。寛解はするけれど。
前の職場に対する被害的感情は、病気によるものなのか・・・?
自分自身では判断ができない領域です。

自分は障害者なのだと感じさせられるところです。
精神保健福祉手帳を持っているということは確かに私は障害者なのです。
でも、そこに確信があるのか?確信を持っていいのか?
そんな不安や焦りが病気の一部でもあるわけで、
「良くなる」ということはどういうことなのか考え込んでしまいます。

初診

予約なしなのでだいぶ待たされました。
しかし、街の中なので、暇をつぶすことは簡単。

今回の先生はなんかぼんやりとした印象。
あなたには興味はないというオーラを放っていました。

でも、この感覚、過去に似た記憶があります。

2人目の主治医の初診の時です。
あなたが診てほしいって言うんなら診てやってもいいけどね、みたいな。

結果的に、その2人目の医師は大当たりの医師でした。
ずいぶんお世話になったし、今の回復はその医師のおかげも大きいです。

 
でも、今度の医師はなんかぼんやりしてるようで、考えてることが読めませんでした。

とても不思議な感じです。
でも、「ほかのクリニックが良かったら、どんどん変わっていただいて結構ですよ」ってのは
傲慢というのか、患者思いというのか・・・。

何回か通わないと分かんないですね。

ワーカーのいないクリニックでした。
事務の方がその分、いろいろ詳しいようで、アドバイスや指示を的確に出してくれます。
そういう形もありなんだなと思って帰ってきました。

疲れたよ・・・。

明日の心配(転院と荷物到着)

明日はいよいよ、新しいクリニックでの初診を予定しています。
紹介状ですんなりいってくれるといいけれど・・・。

インテークでいままでのことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だなあ。
かといって、何も聞かれないのも怖いし。

この病気にかかってから、医療機関は3つ目。主治医は4人目になります。
多いのか、少ないのか・・・。

うまく相性の合う先生と巡り合えるといいなと思います。

あと、混み合っていないことを祈りつつ・・・。待ち時間は精神によろしくない。

さらに、午後には引っ越し荷物がようやく到着します。
値切った結果、かなりの不便をしたわけで、さっさと荷ほどきして片付けないと。

多分、本が本棚におさまらない。押入れにカラーボックスでスペースを作ろうかと思います。
衣類はベッド下に衣装ケースが収まると思うので、その中に入れる予定。
問題はスーツ類。ハンガーをかけるところがない。少し考えないとなりません。

明日は一日忙しくなりそうです。

気を抜くこと

昨夜は19時ころ睡魔に襲われ、眠ってしまいました。

中学生のころ、眠くてもそれを我慢して勉強するものだと
教える先生がいたのを思い出します。

先生・・・ゆうべはダメでした。

かかりつけの病院への最後の通院で惨状を目の当たりにして、
実家周辺の精神科医療の変わり目に今いるのだというのを感じ、
そこで何をすることもできないちっぽけな自分を見つけました。
引っ越しするのに、もやもやしたものが残ります。

病と闘いながらガンガン勉強している人を知り、後れを取ってはなるまいと
思うのだけれど、思いが行動とならず現実には眠りこけているありさま。

無理をする気はないけれど、試験後、自分に甘くなっていた気がします。
自分自身の各種手続きで、(ごく狭い範囲だけれど)実践的な勉強はできたと思うのだけれど
それを一般化した、使える知識にまで持っていかねばなりません。

引っ越しでアップアップだけれど、踏ん張りどころだと思います。

気を抜いている場合ではない。眠っている場合ではない。
でも、自分をコントロールできない。

コントロールできないのであれば、それを前提に対策を立てて
他人に迷惑をかけないようなふるまいをしなければ本来やっていくことはできません。

まだまだ自分に甘いです。

実家にいるのもあと2日。
新しい生活はさらに厳しくなります。

病気と闘っているようでもあり、自分と闘っているようでもあります。
16年の病気の体験がまだ咀嚼できていないことは悔しいです。

自分の能力を健常者と渡り合えるまでに持っていく・・・。
やりたいことではなく、やらねばならないことです。
飯を食っていくためには・・・。