カテゴリー: 統合失調症

今日は通院日。

体はガタガタです。
精神的にはハイテンション気味。

危険ではありますが、減薬の可能性もあり悪いだけではありません。

2週間に1回の通院&投薬。これがないと、また再発する可能性が格段に上がるわけで、午後からは仕事の打ち合わせだけれども、その前に何とか通院を済ませます。

薬は一生飲み続けないといけないわけで、それが障害ということの一端でもあります。

 
 
かったるいけど、行ってくるしかないんだよな。

この障害を強みに出来ないか?
寛解した人はみんな考えたことがあるのではないかと思う。

無理かといえば、無理ではないと思う。
弱さは弱さで向き合う必要があって、健常者同等が難しいのは理解した上で。
この弱さはこの障害ならではのものがあって、それゆえに障害だったりする。

疲れやすく、被害的だったり、仕事が続かなかったり。

受け入れた上で、立ちまわることができるのか?
課題は大きいと思いますが、何とか出来ると信じております。

根拠なくね。

で、じたばたしながらクリニックの予約をとるのでした。

他人の心と思ってるのは自分の心であるということについて。

自分以外のこころは覗けない。

「私」は「他人」を包含して存在している。

他人を批判するときは、自分自身の心のなかの他人を批判しているわけだ。

自縄自縛のストリップショー。

私も気をつけようとは思うが、もうちょっと自覚的であって・・・。

まあいいや。

世界の捉え方は、自分が決めている。
「他人は醜い」と思う人の見ている「他人」は「自分」の中にいる他人であるのだなと思うのです。

で、他人って本当にいるの?

私の妄想ではないの?

統合失調症の真骨頂はここにあると思うのです。

自覚ない人は他の妄想を持たない系のメンヘルと統合失調症を区別しない。

と、私は妄想しておりますです。

はい。

内因性の疾患ということ&おせっかいの続き

統合失調症の発症メカニズムは近年、ずいぶん解き明かされつつあるものの、未だ完全にはわかっておりません。

脳内の伝達物質がどうのこうのというレベルのその先。伝達物質が変化すると神経細胞内でどういう変化があるのかというレベルで研究が進んでおります。

で、薬で治るかというと、寛解はすれど治るとは言わない。
再発の恐れが常に付きまとう厄介な病気でもあります。

で、病気とともに障害でもあります。

この障害という概念ですが、色々考え方も変わってきており、
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n251/n251_01-01.html
ICFでの生活機能構造モデルというものが提唱されております。
これに、2次的障害、経験としての障害をさらに加えて考える方もおります。

でな、障害と甘えとは混同されがちなんだけれど、
甘えってのは社会から見た場合にどうのこうの言えるわけで、
本人が甘えてるってのは社会の側が言うことなわけです。

本人が自分を甘えてると思うとき、どういう感情が起こるかは人それぞれだとは思いますが、なんに甘えてるかと考えれば、周囲、すなわち社会に甘えてるという事になります。

ICFでいうならば、活動と参加に「障害」が生じている状況なのかな?
多因子の絡み合い、ことに周囲の環境に大きく左右されます。

精神障害者に対して「ストレングス・モデル」っつーて良い所を積極的に伸ばすことで回復していこうって考えもあるよ。

障害者のエンパワメントには、本人と環境と両者の側からのアプローチが考えられるんだけれど、本人の側から一方的にポジティブになろうっつーても10年単位で固定しちまってるんだからそりゃつらいですわ。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/kousei/h17happyo/houkoku02.html

精神障害者は強さと弱さを併せ持っている。

弱いところを強化しようってのはキツイよ。
自分でやる気にならなきゃできるものじゃない。
周りがやる気出せって言ってもやる気がでないのがこの疾病じゃないのかな?

甘えではなくて障害であるゆえ、環境側からのアプローチがもっと・・・と思います。

本人に帰責するのは簡単だけど、それをいっちゃおしめえよって気もするのです。
 
 
 
足が不自由な人は杖を使う。経済的に不自由な人は各種制度を目一杯使えば良いと思います。それが環境側からのアプローチじゃないのかな?
 
 
 
 
努力は出来る人はいいよ。出来ない人はやるせなくなる風潮ってどうかなと思う。

努力すれば報われる?そうかな?そうであってほしい?
努力しなけりゃ成功はしない?
自助努力なしに甘い汁吸うなってか?

世知辛いねぇ。

世の中見渡せば、例外はいっぱいあるけどね。
既得権益が叩かれる昨今ではありますが、
あれって、元々は努力で勝ち取ったものだとすると・・・?
努力しても努力しても奪われ続ける社会なのでありました。

極論だけどね。

 
 
  
 
まあ、妄想はこのくらいにして、仕事に戻りますが、
人間は強くて脆いものだということは肝に銘じておきましょう。

なんでこんなことになってしまったのか?
医学でも自分でもわからないのが内因性の疾患なのでした。
 
 
リハビリは自発的に。自分のやりたいようにやりゃいいじゃん。
他人を追い詰めてまでやらせるこっちゃないと思うけれどね。

廃用症候群と、社会復帰と、おせっかい

おせっかいを申し上げます。

最近、多数のアカウントを使い分けて発破かけてる方をお見かけします。

廃用症候群をよくご理解ください。
そこからの復帰が大変なことはご存知でしょう。
あえて苦言をおっしゃっているのもわかります。

しかし、それが時に人を死に追いやることもあることをご留意ください。

極論ではありますが・・・。

新型うつ、擬態うつごときのような症候群が存在するのも事実です。
しかし、社会的に、周囲の無理解や自分自身の無理解、文化的、経済原理的な理由から追い詰められている人々がいることを十分にご理解ください。

 
 
 
 
 
 
 
まだまだ、世間の人々は、自分自身を健常者であると勘違いしております。
社会の変革を成し遂げることによって、全員の障害を認め合う、情けない社会の実現に邁進せねばなりません。

人間とは醜く弱いものだということを知り尽くしている我々は、その先駆けとして、のたうち回らねばなりません。

 
 

 
  
 
なんてな。
 
 

おせっかいだが、精神障害者は敏感なのであまり煽ると死者が出るぞ。
程々に。
 
 
 
くれぐれも程々に。・・・・自分。・・・と、誰か。

悪癖、電話のクセ

電話を切るのが苦手です。

身内の電話だろうが友人だろうが、挙げ句の果てにはセールスだろうが電話を切り上げることができません。

仕事の話でも、必要以上にしつこく確認してしまったり、関係ない話を振ってしまったり。相手はさぞかし迷惑だろうなと。

多分見捨てられ不安とかと関係するんだろうな。

要件はまとめて、ちゃっちゃと済ませないと、相手の時間を奪って申し訳ないことになるのだと肝に銘じなければ。

 
 
しかし、セールスの電話ガチャ切りできるようにはならないだろうな。
相手のことを考えてしまう。

http://news.livedoor.com/article/detail/6738399/
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1341802925/

これも色々考えさせられる件ではあるなあ。

自分も営業活動しないといけないけれど、やられたら病むなあ。
反対に断るのも病むなあ。

結局、自分はある種のコミュ障なんだなと再認識。

ちょい鬱です。
 
 
 
・・・が、仕事仕事。