クローズアップ現代「病院に行けない子どもたち」

私は小さい頃にも病院によく行きました。

クローズアップ現代
「病院に行けない子どもたち」
2009/03/12 19:30 ~ 2009/03/12 19:56 (NHK総合)

内容


景気の後退で病院に行けず、怪我や病気で学校の保健室に頼る児童が増えています。
親の経済状態が悪く医療を受けることができないのです。

去年10月、国は無保険の児童・生徒が3万3000人いると発表しました。
保険料を滞納し、保険証を返還しなければならなくなった家庭の子供たちです。これを受けて、去年12月に法改正が行われ来月から中学生以下の子供に短期の保険証を発行することになりました。しかし、医療費の3割を負担することさえできないため病院に行けない子供が少なくないと見られています

教育現場にも影響が現れています。保健室に行く子供が増えているのです。
子供たちが保健室を病院代わりにしているのではないかと懸念されています。怪我の手当てをしてほしいという子供も多くなりました。しかし法律上、医療行為ができないため保健室では十分な対応ができないでいます。医師の治療が必要な時は教師が病院に連れて行きますが、保護者が治療費を払えないため学校が立て替えることがめずらしくないそうです。

親の経済状態に左右されない医療保障制度が必要とされています。

現在、国民健康保険に加入している家庭が多くなっています。非正規雇用についている人たちの加入が増えているのです。また、15歳未満の子供たちには保険証が交付されるようになりましたが、高校生になった時には自己負担が10割となりきわめて大きな負担になります。

各自治体では子供の医療費の3割負担分を助成する制度を作って対応しています。
小学校入学前までは助成が確保されていますがそれ以上では地域によってばらつきがあります。

そんななか群馬県では全県で医療費の無料化に踏み出しました。

まず先駆けて前橋市などが中学3年生まで医療費を無料化しました。
群馬県では前橋市の取り組みを拡大し、全県で子供たちが平等に医療を受けられるようにする方針を打ち出しました。小学校の卒業後も中学3年まで治療費の半額を県が助成、もう半額を市町村が助成することを実現させたのです。

市町村では医療の乱用による財政負担の増加を懸念し、無料化に踏み切れませんでした。しかし、子供は年齢が上がるごとに医療機関を利用する機会が減ることから医療費負担の増加はさほど増えないことと、早めの医療による重症化の阻止で結果的に医療費が抑制されるという意見で全県で取り組むことが決まりました。

しかし、景気後退による税収の減少もあり、財源の問題など、困難が待ち受けています。

国民健康保険は市町村が保険者となり運営していますが、法律で定められていることですので、り国家も責任を持ち、自治体レベルでなく、国全体で取り組む必要があります。


感想

医療が必要なのは子供たちだけではなく、すべての世代について言えることです。病気は収入の多寡に関係なく発生します。いや、貧しい世帯のほうが早期治療に結びつかないぶんその必要性は大きくなると思われます。

わたしが統合失調症を発病した時、自分の体調になんとなく変だという「気分」があったのですが、医療につながったのは陽性症状がひどくなってからでした。安下宿でカツカツの生活をしていた私は医療というものに頼ることを思いつくこともありませんでした。

統合失調症は若い時期の発症が多いわけですが、若いほど経済的には弱い立場におかれています。自立支援医療など、使える制度はありますが、初診の段階で医療費の減免はありません。また、「精神科」へ行くとどんな診察がされてどんな治療がなされるのかは一般的に知られているものではないと思われます。私は発病当時には精神科の医療というのは精神分析のようなイメージと結びついてカウンセリング主体のものだと思っていました。そして、保険が利かず高額な治療費を請求されると思っていました。そんなイメージもあり、完全に調子が崩れてどうしようもなくなって初めて医師の診療を受けることになったのです。

話を戻します。精神科にかかるような事態になった時、高校生~大学生の間に医療費が保険がないために10割負担になるとしたら大変なことです。統合失調症の好発する時期に医療保障の大穴が開いていることになります。初診時の診療費と診断書代・・・貧しい世帯には厳しいものがあります。年金問題で学生無年金問題に見られたような、制度上の弱点があると思います。公的扶助も含めて考える必要があると思います。

貧困は自己責任なのか?大きくはそんな問題に行き着く所でもあり、貧困が世代を経て連鎖するとしたら大きな問題だと思います。

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美しいもの

どぶねずみの毛並みは美しい。

雨の後、泥まみれのダンプカーの泥のしぶきのあとは美しい。

えんぴつけずりの中から出てくる削りかすは美しい。

建設現場でピンと張られた水糸は美しい。

会計帳簿の検査で電卓をすばやく叩く手は美しい。

良く焼けた餃子の皮は美しい。

届きたての新聞紙は美しい。

自家中毒で小さくひっそり花を咲かせるようになったセイタカアワダチソウは美しい。

お掃除のおばちゃんが磨き上げた便器は美しい。
 
 
美しいものははかない。
 

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気分が持ち直してきた!と、思ったら・・・

ちょっと鬱だったけど、みなさんの言葉で少しずつ頭が整理されてきました。
どうせやるなら前例の無いことできないかな?とまで亢進してちょっと躁。

やっぱ、倒れる時には前を向いて倒れよう。
なれない土地でのハードなスケジュールを何とか乗り切ろう。
(役所関係2件回るだけでハードって・・・。もっと精神鍛えなきゃ←危険な考え)

そんなあいだに元職場の施設長からTEL。人が足りないらしい。
でも職員を補充する予算は無いらしい。

機械に割く予算があるなら人件費に回せば良いのに・・・。
と、いうか世間並みの給料出せないのを前提とした予算というのはおかしいよ。
ボーナスなし、休日出勤の代休もなし、昇給の規定もなし、資格手当てもなし・・・いろいろなし。

帰って来いとまでは言わなかったけど、帰るには魅力があまりない。
障害者雇用で働くより給料の安い就労継続支援事業所職員ってどうなのか。

理事会も理事会だよ・・・。
さらに施設を拡大する案があるらしい。
人員をそのままで・・・。どうかしてるよ。

ああ、いろいろ嫌なこと思い出してきた・・・。
別角度から気分が沈んできた。

でも、頑張る!空回りしても頑張る!
ひとつずつやっつける!

虚勢張ってます・・・。

自然体ってなんだろう?

虚勢をはる癖のついている私です。本当は虚弱。

自然体でいるということは虚弱なのを晒すということだと思っていました。
わざわざ晒さなくてもいいじゃないかとおっしゃいますか?
虚勢はってもわかる人にはわかるわけだし。

で、現実では虚勢を張る。

休めと言われても「まだがんばれます」・・・で、ダウン。迷惑この上なし。
でも、学校に来るなといわれて本当に休んだら往復ビンタをくらった小さい頃の私。
そのへん自分の中でこんがらがっています。

世の中、自然体でいる人なんてほとんどいないと思うのに、
自然体でいたいなあと思ってみたり。(自然体って何かわかってないのに)

仕事探しに当たっても、本当に仕事をしたいと思っているのか?
という点をついてくる人が、たくさんいます。なんのために仕事をするのか?とかも。
じゃあ仕事なんかしたくないと言ったらどうなるか。

どうなるんでしょうねえ。(往復ビンタは勘弁して~)

そもそも自然体とはなんなのか?

「経済的欲望があるからそれを満たす手段として働く。」それは自然なことなのでしょう。
「お腹がすいたらごはんをたべる。」と同様で自然なのかもしれません。

では、「経済的欲望があるけど障碍を持つために働けない。」と同様に対応するのは?

自立生活運動に学ぶことが必要なのかな?
http://home.p02.itscom.net/kibunnet/empower.htm

自分の望みたいことを望むことができるというのが自然体なのかな?

でも、実際に望みたいことを望むのは・・・。
自分の弱さをカバーしてもらうことが望みの多くを占めることになるのでしょうか?
そこでの態度として虚弱なところを晒していくことになっているのかな?

ちゃんと自分の希望をまとめられるようになることが最初に望むべきことなのかな?
ゆっくり考えないと転びそう。まだ自分の状態を受容できていないのだなあ。

でも、虚勢張るのは良くないですよね。なんで虚勢張ってしまうのか・・・。

【支離滅裂】うつ状態(うつ病ではない)を利用する。

統合失調症の陰性症状の延長上にあるうつ状態。

ただ気分がふさぎこむのはもったいないので、
今後自分に起きるであろういやなことや、
絶望的なことを想像して、最悪の事態に備えることにします。
悲観的シナリオが最初にあれば対処ができるかもしれない・・・。
うつ状態を最大限利用して・・・。 
 
※注意 以下、あくまでも統合失調症者のうつ的思考による想像です。実際の対応とは大きく異なる可能性が非常に高いことを前提にお読みください。
 
 

まずは、3月16日、市役所障害福祉課へ
行ってみたは良いものの、話の焦点が絞りきれず時間切れになったりしそう。

「結局あなたは何がしたいんですか?」というニーズを一方的に聞かれて終わるという展開が考えられます。福祉のメニューを出されたってどれがなんだかわかんないし、説明されるのと実際に適用されるのでは受ける感じは違ってくるはず。

そこを自分で想像させられる羽目に合うでしょう。いくらPSWの勉強したって各市町村の福祉メニューを知り尽くしているわけではないです。

今回、生活の場の移動と就職についての援助をお願いするわけだけれども、仕事ひとつ決めるにも「何をやりたいと思っていますか?」というニーズの問われ方をしたらどう答えれば良いというのだろう?現在の居住地の職安で見せられた障害者向け求人があまりにも貧弱だったから大都市に出る覚悟を決めたわけで、「どんなしごとがありますか?」とこちらは切り返さねばならないです。「じゃあ、ハローワークにいってくださいね」で、面談終了です。

何のために行ったのかわからないことになったらどうしてくれようという気持ちになります。
 

同日、障害者就業・生活支援センターへ行くことにもしています。

そこでも同様なことが考えられるのですが、こんどは生活が絡んできます。「あなたはどんな生活がしたいですか?」とか聞かれたら何から話せば良いというのでしょう。「生活で一番大事にしたいものは何ですか?」も同様です。いろんなことがあって、それぞれみんなだいじですよ。

ニーズを障碍者の希望に沿って固めていく過程で、ゴール地点を仮に設定して、そのために何をしたら良いか細分化して小目標を設定していくというやり方があるわけだけれど、自分の望む生活なんて抽象的なものをいきなり聞かれてペラペラ答えることができたらその方がなんか病気っぽい。

なんかの妄想に執り付かれてんじゃないかって気がします。

かくして、3月16日が空振りに終わるのでは?と絶望の兆しを感じます。
 
 
 

そして、3月31日、「試験に落ちる」可能性を考えます。当然マークミスとかの不条理な落ちかたで。試験に対して疑義を持ったとしても法律的にカベがあります。

行政不服審査法

第四条  行政庁の処分(この法律に基づく処分を除く。)に不服がある者は、次条及び第六条の定めるところにより、審査請求又は異議申立てをすることができる。ただし、次の各号に掲げる処分及び他の法律に審査請求又は異議申立てをすることができない旨の定めがある処分については、この限りでない。

(中略)

十一  専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分

つまり、資格試験というものは、落ちても文句が言えないことになっているのです。
来年の試験のカリキュラムは同じでしょうか?改変期にあたっているという不幸。
 
 
 
 
 

もうこうなったら、引越し強行だ。無理矢理、住居決めて引越し。職探し。

だがこの不況、クローズドで見つかる仕事がどれだけ過酷かはわかったものではないです。でも、食ってくためにはやるしかない。西成あたりでがんばるか?それとも空き缶拾い?ネットカフェ難民?

「降りて行く生きかた」とはこういうのをいうのですね。
なに?ニュアンスが違う?

ここまでくれば肉体が虚弱な私はすぐに橋の下です。
そして豪雨で流されて海へ。
魚群が出れば大当たりだという話を誰かから聞いたのですが
そんなのを信じるほど楽天的ではない。

自然に還れ!

およげたいやきくん

高田 ひろお 作詞
佐藤 寿一 作曲

(前略)

いちにち およげば ハラペコさ
めだまも クルクル まわっちゃう
たまには エビでも くわなけりゃ
しおみず ばかりじゃ ふやけてしまう
いわばの かげから くいつけば
それは ちいさな つりばりだった
どんなに どんなに もがいても
ハリが のどから とれないよ
はまべで みしらぬ おじさんが
ぼくを つりあげ びっくりしてた

やっぱり ぼくは タイヤキさ
すこし こげある タイヤキさ
おじさん つばを のみこんで
ぼくを うまそに たべたのさ

あああ、悪い方向へしか考えが行かない!!
なんか利用できる考えが出るかと思ったけどそうでもないみたいです。 
 
 

それにこれじゃ「うつ」ではない!!「妄想」だ!!

 
 
・・・というわけで「うつ」と「妄想」の境界領域をさまよう今日この頃です。
こういう無理矢理な理屈こねてる時って私の調子が崩れてる時です。

仕事などでストレスに晒されるとこうなります。
過去のログにも変なのいっぱいありますので漁ってみるのも面白いと思います。

私は、深刻な状態です。人生の節目でそれを突破できるか!?
・・・ってな状況でエネルギー切れを起こしています。

 

成仏までの道のりは遠そうです。