読書はできても仕事はできないのか?

プラス、試験勉強はできても仕事はできないのか?

そんなことを考えて自分を責めてます。

自分のペースが守れるかどうかなんだろうな。
休職しながらも動いてるわけで、微妙なものが。

完全に休んだ方がいいのかもしれない。
「調子が悪い」という言い方がわるいのかもしれない。

「制御」できることに偏りがあるのか?
ただの自分勝手か?

行き詰まり感から不安をもとに動いてる面もあるのだけれど、
エネルギーは温存すべきかもしれない。

で、動かないとどんどん調子は悪くなるわけで。
難しいです。

「精神保健福祉白書2008」をいまごろ読み終える

少しづつ読んできました。

これ教科書みたいな感じのする一冊でした。
個々の事項がコンパクトにまとめられて書かれているので読みやすい。
しかし、内容は膨大。毎年追っかけてる人は事情が分かってるから「なるほどなあ」と読み進められるのだろうけど、このごちゃごちゃ制度が変わるのに巻き込まれてるときに入門的に読むとちょっと混乱します。

精神保健への取り組みは地域によってかなり違うみたいなんで、とりあえずこれで概観して現場でいっしょうけんめい困るしかないのかなあ。現場は霧に包まれててよくわかんない状態になってるのも仕事でのストレスが大きくなる一因です。

給付の仕組みなんてさらっとまとめてあるけど実際に計算しようとすると頭痛がしてくるわけで、サービス利用者が制度を理解したうえで利用するという基本が崩れてるんじゃないかと思います。まあ、そこまで詳細に記述する類の本じゃないんだろうけど。

とりあえず、これも試験対策のひとつ。発行日が2007年12月なんで、2009年版のが試験前に出るかもしれない。そっちは読破できるか微妙です。

かたつむりのように勉強が進みます。
添削問題の答え合わせしなくちゃ…。

診断書を書いていただいて…

今日も病院へ行ってきました。

診察を受け、診断書をかいていただきました。
なんて書いてあるのか分からない。封を開けたいけどまずいだろうな。
話をしてまとまったのは、2週間の予定での休職です。
ワーカーさんとはちょっと挨拶程度にしか話ができませんでしたが、
都合のつくときに電話で連絡を取ることに。
明日の夕方、職場へ書類を提出に行くことにしました。

2週間後の状態でその後の処遇は決まる感じです。

病院から家にたどり着いてへろへろ。
少し寝ることにします。

やることいっぱいあるのに…。

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追記

明日無事に休みもらえるか心配になってきた。

あと、2週間でちょうど月末を迎えるんで、工賃計算と請求事務が目の前に。
逃げられるのか?

やり方を教えるくらいなら自分でやったほうが楽という仕事なのでつらい。

今の疲れ方で仕事突入して無事でいられるか分からない。
期間を1ヶ月以上にしとくべきだった。

病院へ(休職か入院か)

朝から病院へ行ってワーカーさんとお話して来ました。

仕事上のストレスになる人間関係のこと、
仕事内容のこと、
給与が少なくて先が見えないこと、
転職活動のこと、

なによりもつかれてること。

明日もう一度病院へ行って診察を受けて休職ないしは入院ということになりそうです。
とにかく結論は先延ばしにしろとの事でした。
(と、いうことは今の仕事まだまだ続けろって事なのだろうか?)

面接直前に施設長からワーカーさんに電話来てるし。

精神保健分野ではネットワークの重要性がよく言われるんですが、
ネットワークを使える者と使えない者では勝負にならない。
患者と医療スタッフの非対称性をちょっと見た気分でした。

面接だけでも疲れ果ててしまいました。
お昼前には帰ってきたもののそのままベッドに直行。
夕方までフリーズ状態でした。
明日は無事に診断書もしくは意見書をいただけるのでしょうか?

というか、肝臓あたりをやられてないか心配に。
こないだの健康診断では異常なかったけど。

だいぶ涼しくなってきてるし風邪にも気をつけないと。

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それにしても眠剤のアモバンはなぜにああ渋苦いのか?
夜、妙にテンションがおかしくて眠れない時、抜群に良く効くんだけど
次の日の朝のお茶が毒入ってんじゃないかってくらいの味になる。
缶コーヒーはまだマシなのでそっちに流れるんですが、
あの渋みを打ち消すだけの砂糖が含まれてるというわけでもあり
それはそれで恐いものが。

夜眠れても、昼も眠い。ジプレキサのせいだとにらんでますが、
病気に対抗するメインの欠くべからざる薬なんであきらめます。

健常者の攻撃

統合失調症のせいにしたくないけれど、弱っている時に刺激されると過剰に疲労します。

…いえ、自信がないんですが、たぶん今、私は怒ってるんだと思います。
やりたいことを断念してたのがひっかかったままになっていて、心が腐りかかってます。そこに違ったベクトルから「障害者」であることを再確認させるような働きかけがありました。

障害のあることを認めることと、やりたいことをやることがリンクさせられてしまってます。

どこまでいっても「あんたは障害者なんだから」とみみもとで囁かれる。
むろん、言っている本人にその気があるわけではなかろうけど。
障害を認めることは必要だけど、障害者運動のみが全てではないと思う。

インクルージョンを障害者側から見たときにどういうことになるのか考えたりします。
残された能力で一般社会とわたりあう。…可能なのか?連帯しなくちゃいけないのか?そのあたりが、ここしばらくの悩みの一部でもある気がします。

ここ数年の某団体の変質を見ていて、誰が主役なのかが置き去りになって
一部が暴走といえるような過活動状態になってるのは、巻き込まれててつらいものがありました。活動を組み立てていく能力が障害者側に欠けていたのは事実だけれど、仕組みとして本業に障害者の主体性が出てくるものを作れなかったのが残念でした。

一時、業務の流れを会計から勤怠管理まで含めてフレキシブルに組み立てられる仕組みを考えていたのだけれど、外部への委託と自立支援法によって仕組みが変わってしまったために断念しました。やってみて上手くいくかどうかはわからなかったけど、たぶん私にはそんな能力はなかったのだろうと思うようになりました。冷静に考えてそんなもの作れとは一言も言われてなかったわけでもあり、病気ですね。どっち側から考えても。

もう、つかれました。

やる気を失って以降は朝令暮改につきあう毎日。事情はわかるけど…。
他のスタッフにも振り回されっぱなしですし。
新機材が次々導入されても、薄給は変わらない。

しばらく落ち着いた日々を送りたいです。
自分が何やってるかを噛み締めることができるような。

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追記
無意識にひとを追い詰めるひとはほんとうに無意識にやってるのだろうなと思いました。あいさつをするようにひとを追い詰める。過敏になってるこっちが悪いのでしょうか?