デブ!ハゲ!バーカ!

というのが5歳児の間でのコミュニケーションの基本らしい。
でもって、バカって言う方がバカというのも常套句らしい。
なんだ、俺ら5歳の頃から進歩してないじゃん。

・・・囃し言葉が子供の友人付近で流行していて、
「・・・光るは親父のハゲ頭・・・」ってのが妙にウけてるらしい。
かわいいもんだ。

で、親としては、微笑ましく思うわけですよ。
自分の通ってきた道を歩んでいるなあと。
限りのある記憶力をフルに使って必死に文句を覚えてくる。
で、覚えた言葉を使ってゲラゲラ笑ってる。

さて、ここからどこまで成長するのか。
楽しい原点を忘れないで欲しい。
他人を貶めることで自分たちの連帯を確かめるという、
あるいは友人にそれを重ねることで、蹴落としあう。

修飾はされても人間の基本はこれなんだよなあ。
昨日、妻がキレる云々という記事書いたらアクセスがのびた。
人ってワイドショーのレベルが楽しいんだね。

さて、これをどう活かしていこうか。
応用範囲は広そうです。

AIの進歩と人類のフレイルティ

AIの進歩はとどまるところを知りません。
そのうち人間がなんの判断もなしに全てが片付いてしまう社会が来たとしたら、
人間自身は退化していくのでしょうか?

現に、ワープロの普及で漢字が書けなくなってたりとかしませんか?
ちょっとした計算ができなくなったりしてませんか?

すでに人類の衰弱は始まっているのでしょう。

で、AIが十分に賢いとするなら。

人間に対して、課題をぶつけてそれを克服せざるを得なくするような
リハビリテーションを行うようになるかもしれません。

人類の克服しなければならない課題・・・例えば、戦争。
AIの普及で仮に戦争する必要なく皆が豊かになったらば・・・。
争いごとに対する課題解決力がなくなってしまう。

紛争解決力が人類の能力として必要ならば、AIは戦争を仕組んで人類同士で解決させようとするかもしれない。
そんな気もするのです。

人間の喜びが自己実現であるとするならば・・・。
なんらかの困難を乗り越えて目的を達成しようとすることになるわけですが、
AIが人類を大きく超えて行くとしたら、
困難はバシバシ解決されてしまう。

立ち向かう困難がなくなった時、人類はどんな生物になるのでしょうか?
生物多様性を尊重してくれるAIが存在したとしたら、なんらかの方法で人間を飼育するでしょうか?
と、すると、人間を人間たらしめる苦難を乗り越える力を保全すべく、
AIは困難を、例えば戦争を準備するかもしれない・・・・。

人間とAIの戦いではありません。
人間同士の戦いをAIが仕組むのでしょうか?

人間という生物種のリハビリのために。

これはマジでやらなきゃならないという命がけの事案が、
AIによって次々仕込まれていくのかもしれないという・・・。

人間のQOLが何によって作り出されるのか?
人によってまちまちであり、当然、ヤクザな人間も多いわけで。
賢いAIはきっと、なんか困難を用意してくれるんではないかと。

杞憂?

ゲームとかでは済まない、実存が脅かされる状況で初めて出現する人間性もあります。
AIがそれを仕掛けてくる。
その難問を解き続ける人間たち。
そんな構図が将来は待っているのかもしれません。

と、いうことを生命倫理系の本を読んでて思いました。
この本に出てくる、糖尿病のじいちゃんに、生きがいのあんぱんを買わせるべきかどうかを介護者が決めていいのかという、
些細な問題から、戦争まで話を振って、AIからめただけなんですけれど。

フレイルってこんなやつ。
国の介護施作でも考えられてる。

とりあえず人間は苦悩から逃れることはできない。
苦悩してなんぼ。そんな気がするんで書いてみたけど、伝わったかどうか。
どうでもいいんだけど。

人類みんな介護対象。
人類みんな障害者。

そんな確信が強まった今日でした。

闖客、暴れる。

夜通し大暴走。
どんな大人になるのやら・・・。
今のうちだけだぞ。
人のケツひっぱたいて逃げて大笑いしていられるのは。

自分の子供の頃を思い出すが・・・。
可愛いやら、小憎たらしいやら。

顔じゅうにシール貼られて写真撮られて、
遊びは自分ルールが突然出てくるし。
まさにルール無用の・・・。

はーやーくーおーうーちーにー
帰ったら寂しいかもな。

腹の傷が痛い・・・。

闖客、大暴れ。

子供の友人がお泊まり。
子供と2人で一晩、大暴走。

朝起きて、テンションMAX。

きついわ。
この2人疲れ知らず。
部屋の中走り回って・・・。

親をからかって遊ぶので対応がめんどい。
反抗期真っ盛り。

どんな成長をしていくことやら・・・。