貯金少しずつしてんだけど、保険でもってかれる。

なんの保険って、仕事関連の保険なんだけど。

なんだかんだで金食われていくのでここらでいっちょ
見直しも必要かなと思うが、チキンなので、保険見直せない。
そんなにでかいのには入ってないし、月で割ればそんなでもないのだけれど。
年に一度苦しい状況に陥ります。

十分稼げていれば問題ないのだけれど、ここんところの肺炎で経営状況悪化中。
別系統の収入源模索しないとアカンかもしれんな。

に、しても肺の処置まではおとなしくして体調を整えておかないと。
その後の薬切り替えでの副作用で死ぬかもしれんし。

まあ、耐えるしかないですかな。
しばらくは。

その後に攻勢に出られるかどうか。
体調次第。
無理して死にたかないしね。

座して死を待つわけにもいかんのだけど。

まあ、難しいところではあるのですわ。

とりあえず主夫業をこなす日々です…。
ネタ仕込みつつ。

雨の日の洗濯は憂鬱。虚空に消える遠吠えも憂鬱。死にゆく存在は憂鬱?

洗濯は部屋干しで対処。
遠吠えが聞こえてくる。でも有益な遠吠えってものもそうないわけで。
なんなんだろうね。

さて、ステージ4の癌を患って、5年生存率の低さをものともせず生き残ってしまっているわけだが、
ただ死にゆく存在としての自分に対しての向き合い方を考えてみるものの、
別に何ができるわけでもなく、何もしないわけにもいかず。

子供のこととやんやんのことを考えると1日でも長生きせねばと思うものの、
身動きが取れない現状、結構こたえている。

でもこらえている。
部屋干しでも洗濯物は乾けばいい。

手術の後は、また強烈な抗ガン剤の使用が待っている。
そんな中、生き残っていくことに意味を見出すことができるのか?

っつーわけで、死に至るまでの道筋をつけるという作業である
エンディングノートとかアドバンスディレクティヴとかACPとか尊厳死宣言書とか
調べているのだが、「自分らしく」っつーのがどうも引っかかる。
外界とワンセットで自分は決まってくるわけで、いくら希望を書いたところで
そのようにはならないと見たほうがいいだろう。

ただ、介護側が手仕舞いするための言い訳に使いたいのだろうか。

無駄な延命治療というのもなんかひっかかる。
人類みんな結局死ぬわけで、何をもって無駄とするのか。

線引きを誰がするんだ?自分でするものなのか?

自己意志とか自由意志とかって何なんだろうか。
洗濯物は自分の意思で乾かされるわけではないが。

そんなことを考える、迷走台風に困惑する今日なのでした。

さて、洗濯機が止まった。部屋干し作戦開始!

お祭りの雑踏で「障害者だぞ」と叫ぶチンピラ

やんやんと子供にせがまれて花火大会に引っ張り出されて
群衆に揉まれて死にかけてきました。

そのなかでの一コマ。

駅へ向かう人々の中に、
警備員に向かって
「俺ぁ障害者だぁ」と叫ぶチンピラ発見。
まぁ、迷惑この上ない。

頭きたが、家族連れだったし、酔っ払いかなんかだと思うので放置。

警備員も無視してた。これはどうかと思うが。

アホは湧く。
どう退治すればいいか考えるのだが、
現場動画撮って拡散させるとかしかないんだろうか。

なんか、むこうの思うツボのような気もするのでなんかなあ。

障害者の立場が悪くなるのはこういう連中がいるからだと思うので
制裁加えてやりたいが、私的制裁はこの国ではイカンことなのだよな。

そんな夏の終わりの一コマでした。

しかし病み上がりの人間を雑踏に連れ出すやんやんは…。
帰りに咳が止まらなくなりかけたぞ。

考察すべきことはまだまだあるのだが、
くたびれたのでスルー。

手術日程が決まって

9月中にラジオ波で癌の病巣を焼くことに。

本当ならば8月中に終わっているところだったのだが。
肺炎のおかげで1ヶ月以上伸びた。

この間、抗癌剤ストップしていたので、新たに転移しているかもしれない。
飲んでた抗癌剤は細胞分裂の仕組みに働きかけてがん細胞の分裂を選択的にストップさせる
という薬だったわけだけれど、それを2ヶ月以上止めていたわけで。

脳はMRIでチェックしているのだが骨転移とかかなりおそれるべきものではある。

もぐらたたきになるわけなのだけれど、
時間を稼いで、治療法の進展を待つことに。

このまま天寿癌まで持ち込めればラッキーか。

それまでになにをなすべきか。
いろいろ考えるところではある。

今日はマンションの会議です。
雑事に追われて混乱しているけれども、
布石打っていかねば。

って、…生きていくのに精一杯。
なんとかせねば。