「私は若者が嫌いだ!」香山リカ著 を読んで。

勉強しなくちゃいけないのに逃避。

「私は若者が嫌いだ!」香山リカ著を読みました。

内容のまとめ

  • 問題になってる「貧困ビジネス」は国の政策によるらしい。
  • テロリストはエリートがなっているらしい。テロは貧困から起きるとは限らないらしい。
  • 無差別殺傷事件はおとなしくて真面目な若者が起こしたらしい。
  • IT会社社長は教養が無い未成熟な人間が多いらしい。
  • 教育格差が問題にされるが、そこで勝ち組のレールに乗っても「シュガー社員」と化して問題を起こすらしい。
  • 勝ち組のレールに乗らなかった者の学力低下は映画の字幕を読めんほどひどいらしい。
  • ゆとり世代は仕事をお客様感覚でやるらしい。で、不満があると会社にクレームをつけるらしい。
  • 今の社会は弱者が弱者を痛めつけてるらしい。で、「サービスを提供してくれない社会」に不満を抱いているらしい。
  • 「新型うつ病」とやらがあるらしい。ちょっとした失敗や挫折でうつ病になるらしい。
  • 挫折を知らない、傷つきたくなく、嫌われたくない、自分らしさを求めるなどの特徴があるらしい。
  • 掲示板やブログでの「サイバーカスケード」はやっかいらしい。
  • 若者は未来を考えず今さえ良ければいいと考えてるらしい。想像力にも欠けるらしい。
  • 「自己責任」と言ってる人間が「自己責任」で窮地に立たされることを自覚していないらしい。
  • ざっとこんな内容でした。

    やばい、俺、シュガー社員だ・・・。

    社会から与えられることに慣れてしまい、自ら何かを成し遂げることが出来なくなってきている若者あるいはその親が多くなったと言いたいのでしょうか?さらに、何かを成し遂げるにしても、無差別殺傷やサイバーカスケードのような短絡的な行動に走ってしまうことが問題であると。

    そこまで行かないものはリストカットなどで自分の存在を確かめたり(私はやったこと無いんですが、リストカットって自己確認のための行為なんですって?)、モンスターペアレントと化す。それは、問題の解決にはつながらない行為であるけれども、社会的に何が求められているのか、規範となるものが示されていない状況でみんなが迷走している・・・と言いたいのかな?規範と言うとちょっと違うかな?

    で、規範自体を自力で作り上げていくのが本来の「ゆとり教育」だったはずで、そのあたりの勘違いが状況を悪化させているということか。国際的な学力調査で日本が順位を落としてきているのは、旧来の教育から進路変更していわゆる「ゆとり教育」で目標とされた理想を追えなかったためだということも示唆されています。

    現在の社会はいろんなものが飽和してるから、既存のもので簡単に満足できる一方、さらに上を求めるとなると何を求めればいいかわからなくなってしまう。幸せなんだか不幸せなんだかわかんないということでしょうか。

    そのわりに大きな格差が問題となっているわけで、社会が求めるべきものの質が変わってきている時代なのだろうと思います。そこを切り開くのが創造性に満ちた新しい教育方針だったはずなのでしょうが、日本では時期尚早だったのでしょうか?というか、問題が大きくならないと世の中は変わらないものなのでしょうね。

    昔だったら、収穫物の分配をみんなで顔つき合わせてやってたのに、それが行われなくなったためにいろいろ考えることが多くなって破綻しかかってるのかとも考えたり。でも、今、現在の情報社会での収穫物ってなんだろう。って考えるとネットでのトラブルは人間関係の根っこにあるものから来てるんだろうなと思えてきたりします。承認されたいとか、讃えられたいとか、自己実現とか、で、ベクトルが向かう方向がまずかった場合、無差別殺傷が起こったりするのでしょうか?

    ・・・私も気をつけないと、道、踏み外すな・・・。
    いや、いわゆる「シュガー社員」的な要素は十分にあるわけで。
    もう若者じゃないけど。

    みんな何かに飢えているんだろうな。人間の性の一部だと思うけれど。

    ・・・なんだかよくわかんなくなっちゃった。

    わかるのは確実に私の試験勉強の時間が削られたと言うことだ。やばいなあ。
    でも、さらっと最近のできごとを振り返ることが出来たかな。
    今後の仕事に活かせるときが来るか・・・?うーん・・・。

    私は人間だ。

    静岡駅前
    静岡駅前

    人間は醜い。戦争を筆頭に愚かなことを繰り返す。

    私も人間だ。

    昨日の日記で頑張ろうと思ったのに
    今日は日の出ているうちに起きることさえできなかった。

    本来だったら通院日。先生に診てもらわないといけない日だったのに。
    ワーカーさんとの面談も延期だ。

    勉強も進んでいない。今からやるつもり。

    人間は愚かだ。いや、私が愚かだ。

    ここで、精神的にカラダをコントロールできれば普通に仕事に就けるし
    いろいろな活動ができるのだろうけど、これが病気なのか。

    正直、いまだにカラダは眠りを欲している。
    がまんしなくちゃ。

    今、2008/12/24 20:00
    調子が悪い・・・。聖人になりたい・・・。

    うう・・・師にあわせる顔が無い・・・。

    師と対話して。

    20081224_0637b
    師と夕日を眺めてきました。

    師といろいろ話をした。

    師はおっしゃる。
    まずは目の前のことをかたづけろと。
    具体的には試験をやっつけろと。

    一日一日精一杯こなしていけと。

    師は自らもそれはできてないとおっしゃる。
    自分はだらしなくて、頭がわるいのだと。

    でも、師は強さを持っていると私は思う。

    (どういう文脈でおっしゃったかは省略するが
    他人に面と向かって「あなたは頭がいい」などと言う。
    師の言いたいことは言っているそのこと自体ではない
    あえて頭がいいと私に対して言うことの裏を考えさせている。
    かなり他人を操るのが上手い人だと思う。)

    師は私に「もっとふてぶてしくなれ」とおっしゃる。
    小心者の私をよく理解していらっしゃる。
    (と、自分で自分を小心者だと言うことがふてぶてしくなるということですよね?)

    他にもいろんなはなしを聞かせていただいた。
    都会の福祉施設の状況なども聞かせていただいた。
    師もまだ勉強を続けている。

    追い越したいけど、なかなか追い越せない人だ。

    でも、師と私とは違う人間だ。
    目指すところも同じではあるが、役割は違ってくる。

    出来ることをふやし、出来ないことを自覚できるようふんばらないと。

    ・・・でも、張り切っても3日もたないんだよなあ、俺。
    ほんとに本気にならないと・・・。

    師との対話

    私には師がいる。ある施設で働くPSWの先輩だ。
    師とはずいぶん長いこと対話を重ねてきた。

    精神保健福祉士の資格試験の後、私は就職口を探しに都会に出てみるつもりでいる。
    社会資源の整っているところで、病者としての自覚を持ち、かつ、一歩前に進むことが出来るか探るつもりだ。

    しかし、私の生活能力は都会での一人暮らしに耐えられるほど高くない。
    ストレスにも弱い。
    自分の障碍を受け入れ切れるかもわからない。
    プライドもある。

    一人暮らしが出来るのかわからない上、
    オープンで仕事を探して、十分な暮らしが保てるのか自信がない。
    師は私を抱えきれるほどには強くない。万能ではないのはお互い分かっている。

    それでも、前に進むつもりだ。
    そこへ踏み切るのが「ごくあたり前の生活」につながっていく。

    師は私の面倒を見ることが出来るか心配している。
    師の信条は独特のものがあるので、それを私は追いかける。
    届かないところは一緒に考えてもらうつもりだ。
    しかし、私と師は別の人間でもある。それぞれの人生はそれぞれに責任がある。

    私の調子が崩れるのではないかと師は心配されている。
    でも、崩れても他にいい活路は見当たらない。

    今日も師と話をした。
    心配や不安を共有してくださる貴重な方だ。
    一生ついていく覚悟で私は信頼している。

    私がしっかりしなければならない。
    就労して安定して独り立ちできないとならない。
    でないと師を安心させられない。

    がんばると無理が生じて倒れるのがわかっていても、
    それでもがんばらないといけないのがこの社会だ。
    社会の方を変えてやりたいがそこまでの力は無い。
    ソーシャルアクションを起こすほどの無理が私には出来ないのだから・・・。
    (いつかはできるようになるのだろうか?)

    だから、がんばる。できることを。
    今日勉強した「公的扶助論」。自分の身に突き刺さる内容だ。
    歴史が苦手だと甘えてはいられない。

    今後の「社会福祉原論」「社会保障論」「地域福祉論」と続く苦手科目。

    試験まで残された時間は少ない。
    まずは一歩を。

    一日一日を必死で。

    薬でボーっとしているアタマでも乗り越えていく。
    確実な知識を自分の手に。
    言い訳はしていられない。
    ジプレキサになど負けてはいられない。

    状況は一日ずつ厳しくなる。ここが正念場だ。

    苦しい。とても苦しい。
    でも、師はもっと苦しんでいる。
    いろいろなことを知るものは、それだけのものを背負ってしまう。

    人のために泣くことのできる師に報いたい。

    生活保護をめぐって公的扶助論の勉強。

    精神保健福祉士の学習を苦手分野に徐々に移してきています。
    今日は公的扶助論。

    やっぱり歴史と研究者の業績の問題に弱い。
    あと、やっぱり近年の統計数字に関わる問題。
    過去問を50題やって正解26問。
    かなり努力しないと。

    あと1ヶ月。歴史との戦いか・・・。
    恤救規則に救護法、生活保護法も新旧ある。
    イギリスの公的扶助の歴史。
    最近の制度上の改正点。
    ・・・くるしい・・・。

    実際にPSWとして働くには、切羽詰まった状況でこの分野の知識が問われるわけで半分しか正答できないというのは危険極まりない。どうやって攻略すべきか。丸暗記ではいけないとも思うし。

    だんだん苦しくなってきた。次に移るべきか、いったん知識を固めに入るべきか。
    そうこうしてるうちに専門分野の知識が抜けていく。

    ・・・やばいな・・・。