意欲が減退。症状か根性か?歴史と自分の接点と。

試験勉強に疲れてきてます。
いえ、そんなにたくさん勉強してるわけでもないのに。

こないだのスクーリング前後でエネルギーを使いすぎた感じです。

今日はなんとか「心理学」と「社会学」の過去問をこなすのが目標。
人名と業績を時系列で覚えこむというのが難しい。

確実な知識をどれだけ詰め込めるか・・・。

もっとだいじなことあるんじゃないかなあと思いつつ、
先人のやってきたことを振り返っています。

少しずつ、やっていけばいつかは終わる・・・。

人生も少しずつ終わっていくんだよなあ。
そうやって終わっていった人たちのやったことを頭に詰め込む。
テキストで数行にしかならない、一生かけた業績。

なんかむなしいようないとおしいような。

何十人もの研究者や実践者の歴史。
それぞれが書籍や論文を出していてとっても重要なはずなんだけど、
それぞれをすべて読むことはなかなかできるものではない。

教科書読んだだけじゃ分からないことだらけだけど、
それぞれの原典にあたればきっとわかってくるのだと思う。
それがわかっていて、原典にあたらないのは自分が怠惰なんだなあと思う。

試験の出題者も教科書でさらっと流しただけの知識を
5択の問題で知ってるかどうか試すのって疑問に思わないのだろうか?

現行の教科書も、もっと詳しく書かなきゃいけないんじゃないかと思う。
試験はその分きつくなるけど、試験のためのテキストじゃなくて
実際に使える知識を与えてくれるテキストでなくちゃいけないと思う。

受験生の自分が何を言っても言い訳だけれども。

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追記 2008/12/19 18:10
心理学の過去問50題解いて正解37問。正解率7割。
やっぱり人名がネックに。心理検査や療法の開発者の名前が正解できない。
なんか対策しなくちゃ。
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追記2 2008/12/19 20:30
社会学の過去問50題解いて正解37問。やっぱり7割。
人名、学説に加え、各種統計値についての問題に引っかかった。
統計は数字を覚えるとなるともう間に合わないので捨て問になるのか?
問題文の矛盾を見つけられるかどうかがカギか?

内容の無い記事。と自分の尻たたき。

疲れからか体が睡眠要求モードになってます。
起きたのは17:00、食事は1日1食。

これを怠惰といわずしてなんと言おう。

ここしばらくアタマが過活動状態にあった気がする。
blogの記事読み返してもなんか変だ。

国家試験前の重要な時期なので、
落ち着いて着実に学習に取り組まねばならないのに。

いまから共通科目の「医学一般」の過去問を軽く回そうかと思います。
終わったら「法学」へ。

好きな分野から攻める方針です。
いま「社会福祉原論」とかやったら眠っちゃいそうで・・・。

あと1ヶ月で30点くらい積み増せば合格圏内だと思うので、
あせらずにいきたいと思います。

って、書いとかないとさぼっちゃうから・・・。
ほんとうに疲れが抜けない体に翻弄されてます。

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追記 2008/12/18 20:00
医学一般 過去問50題解きました。正解36問。
正答率7割はまあまあか。
得意科目としてはもう一息伸ばしたいところです。
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追記2 2008/12/18 22:25
法学 過去問50題解いて、正解27問
正答率5割。行政書士試験に合格しててこれでは恥ずかしい。
しかも、行政法関連や情報公開法なんかで取り落としが。
昔習った憲法あたりは取れてるのだけど・・・・
実務に必要なところがダメだってのは自分らしいというか・・・
復習しなくちゃ。

「こころの元気+12月号」を読む。

NPO法人 地域精神保健福祉機構・コンボ 発行の雑誌です。

精神障碍者の就労や復職についてが今月号の特集でした。
世間の偏見で働けなかったり、体調が安定せずに働けなかったり、医師の許可が下りなかったり・・・。病気&障碍を抱えて働くことはやはり大変です。

障害者自立支援法の方向は障碍者の就労支援が前面に出てきてて、
他の施策と相まって就労促進が行われてるんだけど・・・。

就労ってなんだろう?
生活する資金を稼ぐために就労するのか?
働いて仕事に喜びを見出すのが就労か?
誰かの役に立つために行動するのが就労か?
マルクス主義じゃないけど労働の成果をピンはねされるのが就労か?
ただ、単にあたりまえだから就労するのか?

障碍者のニーズとしての「働きたい」ってのは
「人並みに扱われたい」という側面が強いんじゃないかと思う。
それだけ今までも、今も弱い位置にいるということの裏返し。
いや、私がそうなだけですけど。

それが世間と交わって金や名誉(自己実現まで含んで)が価値あるものとされて、
目指しているものが実態とずれてきてるような気がする。
もっとも「目指しているものは何か?」というのは
私を含めた障碍者に限らず社会全体で見失われてるような気もする。

欠乏を訴える人はたくさんいるけど、目的地を指し示すひとがいない気がする。
自分が将来どんな夢を実現していくのか、どんな暮らしをするのか、どんな街に住むのか・・・。
指し示しているように見えても、単に悲惨な現状への手当てを訴えているだけのように見えたりも。
それは大事なことだけど。・・・という気がする気がする気がする。するするする。

目標を示すのは政治家の役目なんだろうけど、期待できないし。
強いリーダーが引っ張るのが良いのかって言うと、そういうリーダーがどういうことをやらかすかというのは古くにも最近にもあまり良い例が思いつかなかったり。いや、それは私の勉強不足ですか?
 
 
 
今、仕事してない私が言っても、空疎なんだけど。
雑誌読みながらなんかが欠落してる気がした。

イタリアのトリエステの訪問記が掲載されていましたが、精神保健サービスの仕組みについては詳しかったのですが、そこで暮らす障碍者の様子がもっと知りたかったと思いました。暮らしぶりはひとそれぞれなのだろうけど、どのくらいの水準の暮らしが出来るのか?活動の内容は?受けることの出来るサービスだけではなく、主体的にどんなことをして日々を過ごしているのか・・・。

欠落を埋めるにはみんなが声を上げなければならないのだろうと思う。
当事者が声を発するのは大事だと思うし、私もこういうblogで書いてるんだけど、
でもね、なんか、裏から糸ひかれてるような、厚生労働省の手のひらの上にいるような
そんな気分になってきます。

なんかしなくちゃ。そう思うけど、それすら誰かに誘導されてるような気がしてきます。
私の病気の状態が悪いのでしょうか?

ささやかな幸せがとっても遠く感じる。
・・・何が欠けてるんだろう。うーん。

【乳酸菌の権利】ヨーグルト食べて妄想する。

数年前、私の母親が「花粉症にはヨーグルトが効く」と、誰かから聞いてきて以来、我が家の冷蔵庫にはヨーグルトがいつも入っている。

私も嫌いではないので食後のデザートとして食べたりする。銘柄はその時によって違うのだけれども、どのヨーグルトも個性があってそれぞれそれなりにおいしい。花粉症にも効いたような気がする。プラセボ効果はあなどれない。いや、体内の異物排除機能である抗体システムが乳酸菌に対して活動することで、免疫系が調整されていい感じになっているのかもしれない。
 

乳酸菌は立派な生き物だ。ヨーグルトを食べるのは生きた乳酸菌を踊り食いするようなものである。生き物を生きたまま食べるというのは残酷なことだ。自分の命をつなぐため他の生き物を犠牲にする。これは、日常的に私たちが行っていることだ。弱肉強食。厳しい世界だ。ゆえに、そこから一歩、人類は前進せねばならない。
 

過去、人類の間では人種などによって差別が行われてきた。また、富める者と貧しい者との間で抗争が繰り広げられてきた。そこからわれわれはいろんなことを学んできたはずだ。

強者が弱者を餌食にして繁栄するというのはいいことなのか?乳酸菌は人間に対して弱者である。その一生を生まれたときから死ぬまで人間に支配され、人間のためにのみ生かされている。乳酸菌の権利はどこに行ってしまったのか?ここには社会の誰もが沈黙を決め込んでいる大きな問題がある。私は福祉を学ぶものとして乳酸菌に代わって権利を擁護しなければならないと考える。アドボケーションは福祉に関わるものにとって大変大事なことである。

悲惨な生を送る乳酸菌は救われなければならない。乳酸菌にも最低限度の生活保障が必要である。われわれ人間という強者による援助の手はすべての乳酸菌をあまねく救うために差し伸べられなければならない。冷蔵庫のような彼らの活動を抑制してしまう非道な環境において監禁がなされたりするのは大きな問題であろう。

これに対して、反論がある。援助の手が差し伸べられることによって、乳酸菌が怠惰に陥る可能性があるというものだ。乳酸菌は自助努力によって自ら豊かな生活を勝ち取らなければならない。薬剤耐性結核菌や病原性大腸菌O157のように決起して自ら立ち上がることが乳酸菌には求められているのであるとするものである。

これは乳酸菌をめぐる福祉的問題である。われわれ人間には仲間である乳酸菌が必要である。なのに、この国では彼らの権利を守る手立てが打たれていない。このような重大なことは国会や有識者会議等で十分な議論がなされなければならないであろう。究極的には「乳酸菌福祉法」の制定を見据えての活動が必要かもしれない。

人間は古来より乳酸菌と共生して来た。近代社会はそれをねじまげようとしている。過去の歴史から学び、来たるべき22世紀に向けて新たな倫理が望まれるところである。そして、弱者に優しい世界を構築していくことが必要なのである。乳酸菌でも普通に暮らしてゆける社会。「ごくあたりまえの暮らし」が乳酸菌にも与えられなければならない。それは、わたしたち人間にとっても暮らしやすい社会なのではないのだろうか?
 

 
 
えーと、最近私が好きなのは「バニラ・ヨーグルト」です。上のリンクのみたいな高級でおいしそうなのじゃなくてスーパーで買ってくるやつですが。高級なのいっぺん食べてみたいです。食べる時、たまに上記のようなことを考えます。おなかのなかで乳酸菌が元気に活躍していることを祈ります。
 
 
 

・・・うそです。何も考えてません。乳酸菌の皆さんごめんなさい。

統合失調症の特性をあらためて見てみる。

ここ数日スクーリングの影響でアタマが使い物にならなくなっています。
やっぱり「障碍」は私の中に大きく傷を入れているようです。

で、ネットを散策して気晴らししていたのですが基本的なところでこんなのを見つけました。
大阪での人権研修資料から抜粋
http://www.city.osaka.jp/kenkoufukushi/handi/handi_jiritsu15/070821_01.pdf

統合失調症とはーその症状と特性ー ②
統合失調症の場合、一旦回復しても人によっては後遺症が残ることが
知られています。また再発予防のために服薬している薬の副作用や
入院体験による社会性の減退によると考えられるものがあります。

よく見られる特徴(障害特性)として次のようなものがあります
・ 細かな指先の動作が苦手
・ 動作が緩慢
・ 周囲への関心が乏しい
・ 複雑なことが苦手
・ 臨機応変に判断することが苦手
・ 問題を切り抜けることが苦手
・ 自信がない
・ 新しいことに対して不安が強い

自分にあまりにも当てはまるのでやっぱり、自分は無理をしているのだなと思いました。
正確には「無理」じゃなくて「非効率」だったり「場にそぐわない=負荷が大きくなる」行動をとっている。大学のスクーリングでめったに遭遇しない事態に置かれてオーバーヒートしてたんだなーきっと。

休息が今は必要なのでしょう。エネルギーの枯渇を自分でコントロールできないところも問題。しばらくテンション下げるよう努力します。

・・・といっても、簡単に下がるものじゃないけど。
すこしでもゆったりできるように・・・。

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