がんを生きる

昨日のとは対照的な本

他人の死と自分の死は全く違うもの。

近藤誠ががんにかかったらどうするのか興味があるけれど不謹慎か。

人間はみんな死ぬなんて誰でも承知。

百も承知で何かをやる。

なぐさめも優しい言葉も他人の言葉だ。

自分で何かをつかまないと。

自分だけの。

さあてワタシの場合は?

「患者よ、がんと闘うな」って…。

さあて出て参りました問題の書

がんもどきの本でした。

他人に推測でなくデータで語れと書いてるわりに
自分の論は推測だらけという矛盾っぷりであっけにとられました。

このかたの論法で行くと
がんの検診をした人の死亡率=検診をしなかった人の死亡率
だから検診をするな、検診はむしろ有害だってな調子。

人間の死亡率は100%だから何をしても無駄なのですが。

ということかな?

苦しみながらもがきながらも生きながらえることが大事な気もする。

少なくとも目標があるならば。

ワタシはあと最低20年、目標30年生き抜く所存でございます。

死にたいと常に頭の隅に置きながら、それで楽になって、パワーが出る。
逆説的なポジティブなガン闘争を続けて参ります。

しかしこの本読んで無治療を選択して死んでいく人たちって・・・。

流されやすいのだろうか?
敏感なのだろうか?
鈍感なのだろうか?

よくわからない。

まあ、闘わなければ楽だけど、いいのかしら?
悔いは残らないのかしら?

がんと闘いながら、人生を切り開く態度が・・・精神論はいいや。

統合失調症と闘いながら生きていく我々の感覚とはちがうんだな。ふむ。

がん患者の集まりに顔出してきました

病院で行っているがん患者の集まりに
顔を出してきました。

ご年配の方が多かったので話題もそれ相応。

戦後と言われる頃の話やら
ノロウィルスの話やら

いろいろ

普通の茶飲み話+がん。

東京オリンピックをもう一回見られるかな?ムリかな?
とか。

 
  
 
  
病気について深く突っ込んだ話というより
人生の含蓄に富んだ集いとなりました。

 
 
 
人間観察の場としては面白いし、
将来、自分がどうなっていくのか、考えるのにいいと思うので、
また機会があれば顔を出したいと思いました。

 
  
 
しかし、子供の頃に受けた教育って大きいね。
そして、思考の幅の深さと広さと浅さと狭さってまちまちなんだな。

司会の心理士さんの舵取りの巧さに感心しましたとさ。

「新・がん50人の勇気」

病院のガン専門の書庫から借りてきて読みました。

ガンの闘病について期待していたところ、
臨終に際しての闘病がずらり。死ぬまでの過ごし方カタログと言った様相。

ガン=死

というのに固執する筆者の姿勢と言うかなんというか・・・。
生と死を対比させて云々言うのがスタンダードっぽいのはどうもなぁ。

そりゃいつか人間は死ぬから、死について考えないといけないのは確かだけれど、
んなこと考えていられるのは余裕のある場合であって…。

ガンを長期コントロール下に置こうというワタシの目論見からすると
ずいぶん一方的な本でした。
統合失調症を患ったことで、病気とつきあうことを学んできたつもりだし、
どうしようもないことをも含めて制御下に置こうという(支配ではないぞ)
方向的にどーも納得いかない本でした。

いろんな死に方があるなあと参考にはなりましたが。

お手本にするには、ちと内容が偏ってる。

そう思うのはワタシにまだ自覚が足りないからか?

あ。文芸春秋社の本だ・・・。
つうことはあの人の関連も考えないと。

一般的な人はがんと言ったらこう考えるのかなと、考えさせられる本でした。
なんのこっちゃ。